てそんな」
 蟠「これ/\何を大きな声をする……これ此の通り「金三百両|但通用金也《たゞしつうようきんなり》」どうだ、これを見ろ」
 友「へえ……おや/\」
 と友之助は証文を見ると阿部忠五郎が金の字と百の字の間を少し離して書いて、其の間へ無理に三の字を平《ひら》ったく篏込《はめこ》んで入字《いれじ》をした百両の証文が三百両だから、
 友「これは/\三百両」
 蟠「ソーレ見ろ、三百両どうだ、手前得心で印形を捺《お》したではないか、痴漢《たわけ》め……蟠作これへ出ろよ、百金を持って来たからお村を返せと云うが返して遣るか」
 蟠作[#「蟠作」は底本では「蟠」と誤記]「怪《け》しからぬことでげす」
 と云いながらスラリッと襖《ふすま》を開けると蟠作に続いて出ましたのがお村、只今で云う権妻《ごんさい》です。お妾姿で髪は三《み》つ髷《わ》に結い、帯をお太鼓にしめてお妾然として坐りました。続いて柳橋のお村の母お崎|婆《ばゞあ》が隠居らしく小紋の衣物《きもの》で前帯にしめて、前へのこ/\出て来た。
 友「おやお村、お母《っかあ》も」
 お崎「誠に貴方方《あなたがた》には相済みませんが私《わたくし》も友之助には云うだけの事は申しますから、はい……己《おれ》が云うことを能く聞け」
 とお村の前へ進み出まして、友之助を捕まえ悪口《あっこう》を云う、これが大間違いになります初めでございます。

  十二

 慾深き人の心と降る雪は積るにつけて道を遺《わす》るゝと云う、慾の世の中、慾の為には夫婦の間中《あいなか》も道を違えます人心《ひとごゝろ》で、其の中にも亦《また》強慾《ごうよく》と云うのがございます。大慾は無慾に似たりと云って余り慾張り過ぎまして身を果《はた》す様なる事が間々《まゝ》ございます。お村のお母《ふくろ》などは強慾に輪をかけましたので、実に慾の国から慾を弘めに来たと云う、慾の学校でも出来ますれば教師にも成ろうと云う強慾張《ごうよくばり》で、筋と肉の間へ慾がからんで慾で肥《ふと》る慾肥りと云うのは間々あります。頭の真中《まんなか》が河童《かっぱ》の臀《しり》のように禿《は》げて居ります、若い中《うち》ちと泥水を飲んだと見えて、大伴蟠龍軒の襟《えり》に附きまして友之助の前へ憎々しく出て来まして、
 崎「おい友之助、お前は本当に酷《ひど》い人だのう、私の只《たっ》た一人の娘を強《たっ》てくれと云うので、お前は業平橋の文治郎と云う奴を頼んで掛合いに来た其の時、私は遣《や》ることは出来ねえと云ったら、文治郎と云う奴は友之助の所へお村を遣らなければ縊殺《くびりころ》すと云って理不尽に咽喉《のど》を締めて、苦しくって仕方がねえから、はいと云ったが、其の時の掛合にのう、お母《っかあ》には月々五両ずつ小遣《こづかい》を贈ろうと云ったが、毎月々々《まいげつ/\》送ったことがあるか、やれ家《うち》を越したの、やれ品物を仕入れるの、店を造作《ぞうさく》するのと云って丁度金を送ったことはありゃアしねえ、大事な一人娘を何故親に無沙汰で、此方様《こちらさま》へ来て博奕《ばくち》同様な賭碁に書入れた、三百両と云う大金でお前は碁を打って楽しんだろうが、親に無沙汰で書入れて仕舞って、此方様だから宜《い》い、お母《ふくろ》ぐるみ引取るから心配するなと仰しゃるが、若し悪い者の手に掛れば女郎に売られるか知れやしねえ、太《ふて》い奴だ、縁切《えんきり》で遣った娘ではねえ、嫁に遣れば姑《しゅうと》だよ、己《おれ》に一応の話もしねえで、沙汰なしに金の抵当《かた》に書入れられて溜《たま》るものか、手前《てめえ》のような奴に何《なん》と言ったって再び娘は遣りゃアしねえからそう思いなよ」
 友「お母《っかあ》それはねお前が腹を立つのは尤《もっと》もだけれども、是には種々《いろ/\》な深い訳のあることで、私も此方様へ二月からお出入して、初めはやれこれ云って有難い花主《とくい》と思って、此様《こんな》に人を欺《だま》すようなことをなさろうとは思わなかったが、後月《あとげつ》来たら碁を打て/\と先生が勧めるから、お相手の積りで碁を打って、初めは私に飴を食わせ、勝たして置いて賭碁をしろと仰しゃり、向うの企《たく》みとは知らず、洒落と思ってうっかり証文を書いたのが私の過《あやま》りだ、過りだけれども金は百両しか借りはしない、だが三百両でなければお村は返さないと仰しゃるから、どんなにも才覚してお村を取返しに来ようし、後《あと》でお前に話をするからお村だけは何卒《どうぞ》私の方へ返して下さい」
 母「誰が手前《てめえ》に返す奴があるものか……これお村、手前《てめえ》もこんな不人情な奴にくっついていたって仕様がねえ、諦めの着くように判然《はっきり》と云って仕舞いなよう、愚図々々するから此奴《こいつ》がこけ
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