の未練で思い切れねえから、思い切って云って仕舞えったら云って仕舞いなよ、こんな意気地《いくじ》なしの腰抜にくっついていたって仕様がねえ、食えなくならア、判然と云いなよ、縁を切って仕舞いなよ」
 村「あの友さん、私はね今度と云う今度はお母《っかあ》の云う通り呆れたよ、お前も新店のことだから是だけ代物《しろもの》を仕入れなければならない、土蔵も建てなければならぬとか、店の造作《ぞうさく》するに金が入るとかの為に少しの間女郎になれとか、抵当《かた》に書入れるとか云うなれば、夫婦相談で出来まいものでもないけれども、私は本当に呆れたよ、私に話もしないで此方様《こちらさま》へ書入れにして金を借《かり》るとは余《あんま》りではないか、お前のような不人情な人に附いていても、どんな目に逢うか知れないから、何卒《どうぞ》夫婦の縁は是れ切《ぎ》りにしておくんなさい、私ばかりが女じゃアない、世界には幾らも女があるから、賭博《ばくち》をする時書入れられても宜《い》いと云う様な、お前に惚れている人を女房にお持ち、私はお前に愛想《あいそ》が尽きて嫌《いや》だから、これから夫婦の縁はお母《っかあ》のいる前で切っておくれ」
 母「能く云った/\、諦らめなよ、お村の腹が変っては役に立たねえ、さア/\帰れ、遣らぬと云ったら遣りませんよ」
と云う中《うち》友之助の眼は血走って、唇の色は紫色になり、
 友「お村、余《あんま》り愛想尽《あいそづか》しを云うじゃアないか、決してお前を書入にしたのではない、書入は真《ほん》の洒落だと云うから、うっかり書いたは過《あや》まりだが、今になって金の有る大伴蟠作の襟に附いて己を振り付けては、去年の暮、牛屋の雁木で助けられた文治郎様へ済むめえ」
 蟠「これ/\お村とはなんだ、今までは手前の女房だろうが、もう当家へ来ては妾だ、お村様と云え」
 友「何を云うのだ、お村様も何もない、私の女房に違いございません、此方《こっち》へ出ろ、此の畜生め、どうも口惜《くや》しいたって、こんな証文などを拵《こしら》えて、お前さん立派な剣術の先生で、弟子子《でしこ》もあり、大小を挿《さ》す身の上で、入字《いれじ》をして証文を拵えるとは、これじゃア騙《かた》りだ」
 蟠「これ/\、騙りとはなんだ、苟《かりそ》めにも一刀流の表札を出す蟠龍軒だ」
 友「騙りだ/\」
 と夢中になって友之助身を震わして騙り/\と金切声で言うと、ばら/\と内弟子が三四人来て、不埓至極な奴、先生を騙りなどと悪口雑言《あっこうぞうごん》をしては捨置かれぬ、出ろと襟髪《えりがみ》を取って腕を捕《つか》まえて門前へ引摺り出し、打擲して、前に申し上げた通り割下水の溝《みぞ》へ倒《さか》さまに突込《つきこ》んで、踏んだり蹴たり、半死半生《はんしはんしょう》息も絶え/″\になりましたが、口惜しいから、
 友「さア殺せ、さア殺して仕舞え/\」
 と云う声、実に悲鳴を放って苦し[#「し」は底本では欠如]んでいるのでございます。処へ文治郎通り掛ったが、母が同道でございますから、何分《なにぶん》にも問うことも出来ません。宅へ帰って森松に耳こすりして、全く友之助が蟠龍軒の為に酷《ひど》い目に遇《あ》っているなら、助けないで彼《あ》のまゝにして置けば必ず死ぬから、早く見て来いと云うから、森松は飛出して割下水へ来て見ると、四辺《あたり》はひっそりとしていたけれども、其の者は溝《どぶ》から這上《はいあが》って這うようにして彼方《あっち》へ行った此方《こっち》へ行ったと人の話を聞いて、だん/\跡を追って吾妻橋へ掛りますと、ポツリ/\大粒の雨が顔に当ります。ピュウ/\と筑波下《つくばおろ》しが吹き、往来はすこし止りましたが、友之助はびしょ濡《ぬれ》の泥だらけ、元結《もとゆい》ははじけて散乱髪《さんばらがみ》、面部は耳の脇から血が流れ、ズル/\した姿《なり》で橋の欄干に取付き、
 友「口惜しい、畜生め、町人と思って打ち打擲して、人を半死半生に殺しゃアがったな、あゝ己は口惜しい、己は此の橋から飛込んで三日|経《たゝ》ぬ中《うち》に皆《みんな》取殺すからそう思え、エー口惜しい」
 と狂気致したようになって欄干に手を掛けると、バタ/\跡から来たは森松、
 森「友さん/\おい仕様がねえ、友さん確《しっ》かりしねえ」
 友「止めてはいけません、何卒《どうぞ》離しておくんなさい、生甲斐《いきがい》のない身体、殺しておくんなさい」
 森「何を云うのだ、お前《めえ》能く考え違《ちげ》えをしてはいかねえ、お前《めえ》狼狽《うろた》えちゃアいけねえ、旦那が心配しているんだ、旦那は此の節《せつ》外へ出られねえから己に行って見ろというから来たのだ」
 友「三日|経《たゝ》ぬ中《うち》に取殺します」
 森「そんなことを云ったって仕様がねえ、能
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