しと云うので、又お村を引上げられ、又二晩置いて行くと、もう向うの様子が違って、企《たくみ》の罠《わな》に掛りました。此方《こっち》はそんなことは知りませんから、
 友「御機嫌よう」
 蟠「いや紀伊國屋か、能く来たね」
 友「御無沙汰いたしました」
 蟠「大分《だいぶ》暑くなった」
 友「誠に長々お村を有がとうございます、もう御用済になりましたら、私《わたくし》も商いに参りますに、家《うち》は錠を下《おろ》して出ますのも誠に不都合でございますから、今日はお村を連れて帰りとう存じます」
 蟠「誰《たれ》を」
 友「お村を」
 蟠「お村を連れて帰るとはどう云う訳で」
 友「へいお村を連れてまいるので」
 蟠「何を言うのだ、お村は舎弟の蟠作に貴様は妾に遣《つか》わしたではないか」
 友「へい何《なん》で、何を仰しゃる」
 蟠「手前忘れてはいかぬ、先月阿部と賭碁をして、金がないから私《わし》に百両貸せと云うから、手許《てもと》にないに依《よ》って弟の手から貸して、私《わし》が請人《うけにん》になって、証文の表には返金の出来ぬ時は女房お村を貴殿方へ召使に差上げると云うことが書いてあって、首と釣換《つりか》えの印形を捺《お》したではないか、えゝ、それ故蟠作がもう妾に致した心得で毎晩抱いて寝ますよ」
 友「怪《け》しからぬ乱暴なことを云って、御冗談を仰しゃるが、手前|跡月《あとげつ》三十日《みそか》に少々金子に差支《さしつかえ》があると申したら、何時《いつ》でも宜《よ》いと仰しゃるから宜いと心得て居りましたが、そう云うことなら返金致すので、人の女房をそんなどうもお愚弄《からか》いなすっちゃアいけません、驚きますよ」
 蟠「何を云う、なんぼ兄弟の中でも金銭は他人と云う喩《たと》え通りだ、なぜ金を返さぬ、貴様は正直な商人《あきんど》だからよもや倒しゃせまいと思い、催促しなければ好《よ》い気になってこれまで返金に及ばぬから此方《こっち》で弟《おとゝ》が抱いて寝るは当然ではないか」
 友「先生それは貴方《あなた》本当に仰しゃるのですか」
 蟠「武士たる者が嘘を云うか」
 友「これは呆れた、呆れましたねえ、先生、貴方は立派な門弟|衆《しゅ》も沢山ある大先生のお身の上で、何《なん》と弱い町人を貴方|瞞《ごまか》す様なことをなさらんでも宜しいじゃございませんか、彼《あ》の時は真《ほん》の酒の場で洒落だと仰しゃるから印形を捺《お》しましたが、そうでなければ女房を書入《かきいれ》の証文に印形を突きは致しません」
 蟠「黙れ、手前洒落に首と釣換えの印形を捺すか、誰が洒落に金を貸す奴があるか、出入の町人に天下の通用金百両と云う大金を貸すは忝《かたじけ》ないと思え、洒落に貸す奴があるか、痴漢《たわけ》め、お村が欲しければ金を返せ、己《おれ》が間へ介《はさ》まって迷惑に及ぶぞ、痴漢め」
 友「これは驚きましたな、どうも余りと云えば呆れ果てた仰しゃり分でげす、宜しい、私も紀伊國屋です何も金を返せなら返せで催促を遊ばして、女房を取上げんでも宜《よ》い、お村を鳥渡《ちょっと》貸せと仰しゃるから上げたので何もそれを抱いて寝る事はありません、お村も亦《また》抱かれて寝ることはありません、金を持って参ります」
 蟠「当然《あたりまえ》で」
 友「金を拵《こしら》えて持って参ります」
 と真青《まっさお》な顔をして涙を浮べ唇の色も変えて友之助飛出したが、只今と違い其の頃百金と云うは容易に人が貸しません。正直な者でも明後日《あさって》来いとか明日《あした》来いとか云う人ばかりでございます。翌日になり漸《ようや》く七所借《なゝとこがり》をして百両|纒《まと》めて、日の暮々《くれ/″\》に大伴蟠龍軒の中の口から案内もなしで通りましたが、前と違い門弟|衆《しゅ》も待遇《あしらい》が違う。
 門弟「これ/\紀伊國屋、無沙汰で中の口から通る奴があるか」
 友「へえ先生にお目に懸りたい」
 門弟「取次いで遣るから其処《そこ》に居れ、何《なん》の用だ」
 友「いゝえ、来いと仰《おっし》ゃるから参ったので、金を持って来たのです」
 蟠「誰か来たか……なに紀伊國屋が来た、余り小言を云わぬが宜《よ》い、さア這入《はい》れ、宜しいから此処《こゝ》へ来い」
 友「先生、金子百両|慥《たしか》にお返し申しますから証文とお村を引換《ひきかえ》にどうぞお返しなすって下さい」
 蟠「何《なん》と、そんなに顔色を変えて泣面《なきつら》をするな、これは百金だな」
 友「左様で、百両借りたから百両持って参ったのです」
 蟠「痴漢《たわけ》、手前は三百両借りたのではないか」
 友「何を仰しゃる、私は百金しか借りた覚えはありません」
 蟠「黙れ、手前は上《のぼ》せて居《お》るな」
 友「お前さんが上せている町人を欺《だま》し
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