けこ》んで来る、どうも敵に後《うしろ》を見せる訳にもいかぬから遣りましょう」
 とそれからパチリ/\と遣りますと紀伊國屋が勝ちます。
 阿「此度《こんど》は倍賭けで二両で」
 と出ると又紀伊國屋が勝つ。又四両八両と云うので段々大きくなり十両が二十両となり幾度《いくたび》遣っても阿部が負ける。
 友「もういけませんよ」
 阿「ウーン紀伊國屋、まア其処《そこ》へ置きな、遣らぬではない、遣るが残念だから一時《いちどき》に思い切って五十両|賭《がけ》と為《し》よう」
 蟠「阿部大層|大形《おおぎょう》になったな、そう腹を立ってはいかぬ」
 阿「いや余り残念だから、紀伊國屋逃げてはいかぬ」
 友「逃げやアしませんが、お気の毒様です、阿部様の五十両を唯頂戴致しますと恐入《おそれいり》ますからな」
 阿「唯なんてそう云うことを云うから残念だと云うので」
 と又遣ると今度はたった二目の違いで紀伊國屋が負けました。
 友「さア遣られました」
 蟠「どうした負けたか」
 友「負ける碁ではないが二目の違いで負けました、残念です」
 蟠「紀伊國屋は先に勝ったから宜しい、今度は負《まけ》ずにやれ」
 友「残念です、今度は百両賭で遣りましょう」
 阿「百両賭、面白い、遣りましょう」
 友「旦那様恐入りますが百金拝借致したいもので」
 蟠「百金|私《わし》の手もとにはないが…どうだえ貸すかのう」
 蟠作「左様です、紀伊國屋だから兄上が証人なれば貸しましょう」
 蟠「じゃア貸して遣ろう」
 友「負ける碁ではないのですから百金として先《せん》のを皆取返して、阿部さんの鼻から汗を出させます」
 阿「怪《け》しからぬ、さア参りましょう」
 蟠「紀伊國屋百両と纒《まと》まった金だ、貴様は堅い商人《あきんど》だから間違はあるまいが、鳥渡《ちょっと》証文を書かぬと私《わし》が証人になって困るから」
 友「宜しい、印形《いんぎょう》を持参しましたから書きます」
 蟠「なに荷《に》を書入れる、馬鹿な、そんなことをしなくっても宜《よ》いのう蟠作」
 蟠作[#「蟠作」は底本では「蟠」と誤記]「なに兄上、紀伊國屋は土蔵よりなにより大事なものは女房のお村だと云って度々《たび/\》惚《のろ》けを言いますが、若《も》し此の三十日《みそか》までに金が出来んで返金の出来ぬときは女房お村を貴殿方《きでんかた》へ召使に差上げましょうと云う証文はどうです」
 蟠「それは至極面白い、酒の座敷ではそう云う洒落《しゃれ》た証文は面白い、それじゃア紀伊國屋、若し金が返せぬときは女房を貴殿方へ召使に差上《さしあげ》るという証文はどうだ」
 友「成程それはどうも」
 蟠「面白かろう」
 友「飛んだお面白い洒落で」
 友之助は根が善人ですから、よもやと思って得心しますと、
 阿「私《わたくし》が書きましょう」
 と阿部忠五郎がすら/\と書きましたのを知らずにピタ/\印形を捺《お》して向うへ渡しました。阿部忠五郎と云う男は元より碁に負ける様な者ではない、碁は三段から打ちまして田舎廻りの賭碁で食っている。忠五郎|企《たく》みも企んだ証文を書いて百両賭で遣ると、忽《たちまち》にパタリと紀伊國屋が取られました。
 蟠「どうした」
 友「取られました、残念でございます、これは負切《まけき》りにはしません」
 蟠「まア/\そう焦《あせ》るな、心配すると面白くない、互いに熱くなって筋を出しては面白くない、金はどうでも宜い、まア/\一杯飲んで機嫌|好《よ》く帰れ」
 とこれからお酒になって紀伊國屋を機嫌|能《よ》く帰しましたが、友之助は正直な男だから気に掛りますが、四月|三十日《みそか》に金子を返す訳に往《ゆ》かぬから言訳に参りますと、
 蟠[#「蟠」は底本では「友」と誤記]「馬鹿ア言え、貴様に貸す金を取ろうとは思わぬ、又是れから買う品物で段々差引くから宜しい」
 と云うからそうと心得て居りますと、五月十五日にお客があるから女房のお村を働きに貸してくれとの頼みです。以前芸妓だそうで定めて座の取廻わしも好かろう、当家には三味線《さみせん》がないから持参で夫婦揃って来て、客の待遇《あしらい》を頼むと云うから、友之助は余儀なく女房自慢でお村を立派に着飾らせ、自分も共々行ってお客の待遇を為し、其の晩は夜《よ》も更けましたから今夜は一泊するが宜《よ》いと云うので、夫婦諸共に一泊いたし、翌朝《よくあさ》になりますと友之助は商いに行《ゆ》き、お村は跡に片附《かたづけ》ものもあるから、もう一日貸せと云うので、友之助は商いを仕舞って迎いに来ようと思ったが、そこは外見《みえ》で女房の跡を追掛《おいか》けるようでいかぬから、銀座へ泊って翌日行《ゆ》くと種々《いろ/\》跡に取込《とりこみ》があり、親類の客があるし、お村の清元を聴かせたいから、もう少
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