たお村は袋物屋の女房には婀娜《あだ》過ぎるが、達摩返しに金の簪《かんざし》、南部の藍《あい》の子持縞《こもちじま》に唐繻子《とうじゅす》に翁格子《おきなごうし》を腹合せにした帯をしめ、小さな茶盆の上へ上方焼《かみがたやき》の茶碗を二つ載せ、真鍮《しんちゅう》象眼《ぞうがん》の茶托《ちゃたく》がありまして、鳥渡《ちょっと》しまった銀瓶《ぎんびん》と七兵衞《しちべえ》の急須《きゅうす》を載せて、
 むら「お茶を召し上れ」
 士「はい」
 と彼《か》の士《さむらい》は茶碗を取りながらお村の顔を見て、顔を少し横にそむける。阿部は酔っているから心付きません。
 阿「いよ、これはどうも有り難いが、願わくは手前は大きいもので水を一杯戴きたいもので」
 士「御亭主」
 友「へい/\」
 士「貴公は本所辺で出入の処がありはせんか」
 友「へい二三軒様お出入があります」
 士「本所の宅へ来て貰いたいのだが何《ど》うだね、多分の物は買わぬが、序《ついで》に来て貰いたい」
 友「へい/\、どういたしまして新店《しんみせ》のことで、何方様《どちらさま》へでも参ります、何《ど》う云う物が御入用様でげすか、えー宅にありませんでも取寄せて御覧に入れます」
 士「提物《さげもの》が欲しいと思うが胴乱《どうらん》の様な物はないか」
 友「左様でげす、丁度良い塩梅《あんばい》のは仕上げになって居りませんが、これは高麗青皮《こうらいせいひ》と申しまして余り沢山ないもので、高麗国の亀の皮だと申しますが、珍しいもので、蘂《しべ》が立って此の様に性質の良いのは少ないもので、へえ、これはお提物には丁度|好《よ》いと思います」
士「成程、大きさも飛んだ良いが、何か金物《かなもの》があるか」
 友「左様で、お金物はこれは目貫物《めぬきもの》で飛んだ面白いもので、作《さく》は宗乘《そうじょう》と申しますが、銘はございませんが宗乘と云うことでございます、これは良い彫《ほり》でげす」
 士「成程これは良く彫った、趙雲《ちょううん》の円金物図《まるがなものず》が好《よ》いな、緒締《おじめ》の良いのはありませんか」
 友「へゝお珊瑚《さんご》にいたして、へえ/\却《かえ》って大きいと斯《こ》う云うお提物にはいけませんから、六|分《ぶ》半ぐらいにいたして、へい只今宅にございませんが、お出入先へ参って居りますから持参致します、これは古渡《こわた》りの無疵《むきず》で斑紋《けら》のない上玉《じょうだま》で、これを差上げ様と存じます……お根付、へい左様で、鏡葢《かゞみぶた》で、へい矢張り青磁《せいじ》か何か時代のがございます、琥珀《こはく》の様なもの、へえ畏《かしこま》りました、取寄せて持参致しますが何方様《どちらさま》で」
 士「えー名札を失念したが硯箱《すゞりばこ》を」
 友「へえ/\畏りました」
 …すら/\と書いて、
 士「本所だよ」
 友「成程、本所北割下水大伴様、へえ明後日ではお遅うございましょうか」
 士「宜しい、朝来ては困るから願《ねがわ》くは夕景から来れば他へ出ずに待っているよ」
 友「へえ/\畏りました」
 士「此の莨入を二つ買うが如何程《いかほど》だえ、左様か、釣《つり》は宜しい、宅へ来た時|序《ついで》に持って来てくれ」
 友「有難うございます、恐入《おそれいり》ます、お茶も碌々《ろく/\》差上げませんで、明後日は相違なく夕方までに持参いたします、へえ/\有難うございます、左様ならお帰り遊ばせ」
 阿「御舎弟」
 士「えー」
 阿「あなたは本所にも浅草にもお出入があるに、態々《わざ/\》銀座に、お出入を拵《こしら》えるには及びますまい」
 士「そこに少し訳ありさ」
 阿「訳ありとは」
 士「彼処《あすこ》で茶を酌《く》んで出した婦人を見たかえ」
 阿「いゝえ見ませんよ、婦人には少しも気が付きませんでしたが、あの袋物屋に種々《いろ/\》見て居りました中《うち》に、家内が茶を酌んで出した様でしたな」
 士「予《かね》て貴公に話した柳橋の芸者のお村の為には、手前は兄にも叱られる程散財して、手に入れようと思ったが、袋物屋に色男があって其の者の方へ縁付いたと聞いたが、先刻《さっき》茶を酌んで出したのは柳橋のお村だよ」
 阿「えーあれが、左様ですか、残念のことを致しました、手前見たいと思っていたが柳橋へお浮《うか》れの折には生憎《あいにく》お伴《とも》致しませんで、其の美人を拝見致しませんが、見たかった、残念なことをした、女房と思って気が付かんで居りました、あゝ見たかった」
 士「往来で大きな声をしてはいかぬよ、まア道々話しながら」
 と連《つれ》の阿部と云う男と話しながら帰りました。友之助は左様なことゝは存じません、翌々日は整然《ちゃん》と結構な品物ばかり取揃《とりそろ》えて風呂敷
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