んだのだと云うことです」
「なアに借のある奴がしらばっくれて表を通る処を捕えたのだそうです」
「なアに、そうじゃアない、出入の町人の女房を取られたのだとね、金を取られた上にあんな目に逢うのだとね」
「そうじゃアない巾着切《きんちゃくき》りだと」
などと少しも分りません。処へ文治郎が通り掛りますと、向うから知って居《お》る者が参りまして、
「旦那|今日《こんち》は」
文「これは暫《しばら》く」
「今日《こんち》は何方《どちら》へ」
文「母と羅漢寺へ参詣に参りました…向うに人立ちのして居《お》るのは何《なん》です」
「彼《あれ》はたしか旦那様御存じでございましょう、もと駒形にいて今は銀座に店を出している袋物屋だそうです、彼処《あすこ》へ出入中に金の抵当《かた》に女房を取られ、金を返しに行ったところが、金を取られ、女房は返えさず打ち打擲したそうです、口惜しいから悪態を云うと門弟が引出して、彼《あ》の通り打《ぶ》ったり溝《どぶ》の中へ突込《つきこ》んだりして、丸で豚を見たようです、太《ふて》い奴ですなア」
文「何《なん》ですか、あの紀伊國屋の友之助ですか」
「私《わたくし》は知りませんが隣り屋敷の家来が塀へ上《のぼ》って見たら彼《あ》の男だと云う話ですが、非道《ひど》い奴ですなア」
文「女房を取られ、彼《あ》の倒《さかさま》になっているのは友之助ですか、ふゝん」
と怒りに堪えず二歩《ふたあし》三歩《みあし》行《ゆ》きに掛りますと、
母「あゝ文治郎お前はまア見相《けんそう》を変えて何処《どこ》へ行《ゆ》くのだえ」
文「へー/\……鳥渡《ちょっと》手水《ちょうず》を致そうと存じまして」
母「フーム、少し余熱《ほとぼり》が冷《さめ》ると直《すぐ》に持った病が出ます、二の腕の刺青《ほりもの》を忘れるな」
文「はい」
と母と一緒だからどうにも出来ません、仕方がないから其の儘見捨てゝ母と共に宅へ帰りました。これから母の教えが守り切れず、大伴の道場へ切込む達引《たてひき》のお話、一寸《ちょっと》一と息つきまして申し上げます。
十一
さて友之助が斯様《かよう》な酷《ひど》い目に逢うのは何《ど》う云う訳かと云うと、友之助はおむらに勧められて文治郎の近所にいるのは気詰りだから、他《た》へ越せ/\と云うので、銀座三丁目へ引越《ひきこ》したのは二月の二十一日でございます。店開きを致して僅《わず》か十日ばかり経《た》つ中《うち》に、友之助は店に坐って商いをして居ります。袋物店《ふくろものみせ》でございまして、間口は狭くも良い代物《しろもの》があります。おむらは台所廻り炊事《かしぎ》の業《わざ》などをいたして居ります。ふと通り掛った武士、黒羅紗《くろらしゃ》の山岡頭巾《やまおかずきん》を目深《まぶか》に冠《かぶ》り、どっしりとしたお羽織を着、金造《きんづく》りの大小で、紺足袋に雪駄《せった》を穿《は》き、今|一人《いちにん》は黒の羽織に小袖を着て、お納戸献上《なんどけんじょう》の帯をしめて、余り性《しょう》は宜しくないと見えて、何か懐中へ物を入れて居《お》ると帯が皺くちゃになって、掛《かけ》は頂垂《うなだ》れて、雪駄穿《せったばき》と云うと体《てい》は良いが、日勤草履《にっきんぞうり》で金《かね》が取れ、鼠の小倉《こくら》の鼻緒が切れて、雪駄の間から経木《きょうぎ》などが出るのを、踵《かゝと》でしめながら歩くという剣呑《けんのん》な雪駄です。微酔《ほろよい》機嫌で赤い顔をして友之助の店先へ立ち、
士「こう阿部氏《あべうじ》、大分《だいぶ》この袋物屋には良い品がある様だ」
阿「左様でげすか、貴方は今迄のお出入がありながらお好《すき》だから良い店へ立寄ると買い度《たく》なりますと見えますね」
士「妙なもので丁度婦人が小間物屋の店へ立った様なものだ」
阿「良い物がありますかね」
士「これ/\亭主、其の袂持《たもともち》の莨入《たばこいれ》を見せろ」
友「まアお掛け遊ばせ、好《よ》いお天気様で、エー新店《しんみせ》の事で、エー働きますが御贔屓《ごひいき》を願います」
士「あゝ、草臥《くたびれ》たから少し腰を掛けさせてくれ…其の金襴《きんらん》の莨入を遣物《つかいもの》にしたいと思うが見せろ」
友「へい/\/\御進物にはこれは飛んだお見附《みつき》も宜しく、出した処も宜しゅうございます、この方は二段口になって、これは更紗形《さらさがた》で、表は印伝になって居りますから」
士「大分良い物がある……阿部氏何んぞ買わぬか」
阿「どうもいけません……手前煙草がいけませんから欲しくございません……御亭主大層良い品があるね」
友「どうも品物が揃《そろ》いませんで……これお茶を上げなよ」
むら「はい」
と奥から出まし
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