孝行だって相手が悪くっちゃア仕様がねえなア」
 文「これ何を云う、其方《そっち》へ行《ゆ》け、なぜお母さまの前でそんな事を云うのだ」
 森「それだってあんまりだア、旦那|自暴《やけ》を起しちゃアいけねえ、お前さんの様な親孝行な人はねえ、旦那が自分でお飯《まんま》を炊いてお菜《かず》までこせえて食わせようと云うに…そんな人がある訳のものじゃアねえ、私《わっち》なんぞが道楽をする時分にゃア、お母《ふくろ》が飯を炊いてお菜をこせえて、さア森やお飯が出来たから起ろよ、と云われて膳に向い、お菜が気に入らねえと膳を足で蹴ったものだ、それを一軒の立派な旦那がお飯を炊いて食わせるのは一と通りの訳じゃアねえ、怒《おこ》らねえでも宜《い》いじゃアねえか」
 文「これ/\手前の知ったことではない、此のお詫ごとは藤原喜代之助に限るな」
 森「へえ/\」
 文「藤原の女房を殺したことが今出て来たのだな」
 森「へえ/\成程、藤原の先《せん》の女房は彼《あ》の婆さんに飯を食わせずにいて殺されたから、それでお母さんが食わなくなったのだ」
 文「そうじゃアないわ、喜代之助でなければ」
 と文治郎は直《すぐ》に藤原の宅へ参り。
 文「はい御免」
 喜「おや/\さア此方《こっち》へお上り、おかやや文治郎殿がお出《いで》なすった、鳥渡《ちょっと》お茶を入れて」
 か「はい」
 喜「鳥渡|上《あが》ろうと存じて居りましたが、今日は内職を休んで家《うち》にいた処で、丁度宜しい、まア此方へ」
 文「少々お願《ねがい》があって参りました、母が立腹を致して三日程食事をしません、種々《いろ/\》詫を致しても肯《き》きません、手前が喧嘩の中へ入り、匹夫の勇を奮い、不孝の子を見るのが厭だから餓死して意見をすると申して肯きません、此の詫ことは貴方《あなた》より外《ほか》にない、どうか貴方お詫ことを願います」
 喜「いやそれは、お母様《っかさま》が御膳が進まんと云う事はきゝましたが全くですか、昨日《きのう》お見舞に出た時、お食は如何《いかゞ》ですと申した処が、なに御飯《ごはん》は三|椀《ばい》も喫《た》べられて旨いと仰ゃったが、それでは嘘ですか、命を捨てゝも浪島の苗字《みょうじ》が大切と思召《おぼしめ》し、御老体の身の上で我子《わがこ》を思う処から、餓死しても貴方の身を立てさせたいと思召す、それに貴方が御孝心ゆえ左様に御心配なさるのでしょう、宜しい、お詫に出ましょう、かやがお母様の御意《ぎょい》に叶《かな》って居りますから、かやも同道致してお詫に上りましょう」
 と直ぐに羽織を引掛《ひきか》け、一刀|帯《さ》して女房おかやを連れ、文治郎の台所口から、
 喜「はい御免なさい」
 森「藤原さんですか、お母さんが膳を転覆《ひっくりけえ》して旦那もお困りですが、お母さんは※[#「※」は「箍」で「てへん」のかわりに「きへん」をあてる、151−7]《たが》がゆるんだのだ」
 喜「これ大きな声をしてはいけません」
 と母親の居間へ通り、
 喜「お母様御機嫌宜しゅう」
 母「おやお揃《そろ》いで」
 喜「只今承わりましたが、文治郎殿がお失策《しくじり》で中々お聞入れがないから、手前に代ってお詫をしてくれと、何事にも恐れぬ文治郎殿が驚かれ、顔色《かおいろ》変えて涙を浮べ頼みに参ったから直様《すぐさま》出ましたが、どうか御了簡遊ばして、御飯を召上るように願います」
 母「決して詫などをして下さるな」
 か「お母様、そんなことを御意遊さずに御免下さい、彼《あ》の文治郎さまの御気性でお驚き遊ばしたのはよく/\のことでございますから、何卒《どうぞ》お許し遊ばして、御飯を召上って下さいまし」
 母「いや喫《た》べんと云ったら二|言《ごん》とは申しません」
 喜「宜しい、あなたの御気性で、食を止《とゞ》め餓死しても文治郎殿の為に遊ばすと云うのは、子が可愛いからでしょうが、何《ど》うか文治郎殿に代ってお詫を申上げます、お赦《ゆる》し下さい」
 母「いゝえ、お置き下さい」
 か「どうか私《わたくし》に免じて御飯を食《あが》って下さいまし」
 母「なりません、侑《すゝ》めると肯《き》きません」
 喜「それではどうも致し方がない、死を極めておいでなすって見れば仕方がないによって、手前此の場で割腹致しお先供《さきとも》を致す」
 か「私《わたくし》も供《とも》にお先供致します」
 と云いながら鞘《さや》を払って已《すで》に斯《こ》うと覚悟致しますから、
 母「まアお待ちなさい」
 喜「いゝえ待ちません」
 母「これかや、まア待ちな……命を捨てゝ詫ことをして下さる、赦し難い奴なれども、お前方両人に免じて一とたびは赦しますから、文治郎をこれへお呼び下さい」
 喜「なに、御勘弁下さると、それは有難い、文治郎殿、お詫ごとが叶《かな
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