十六歳になる喜代之助の老母とおあさと云う別嬪《べっぴん》、年は廿六ですが一寸《ちょっと》見ると廿二三としか見えない、うすでの質《たち》で色が白く、笑うと靨《えくぼ》がいります。此の靨と云うものは愛敬のあるもので私《わたくし》などもやって見たいと思って時々やって見ましたが、顔が皺《しわ》くちゃだらけになります。おあさは小股《こまた》の切り上った、お尻《しり》の小さい、横骨の引込《ひっこ》んだ上等物で愛くるしいことは、赤児《あかご》も馴染むようですが、腹の中は良くない女でございますけれど、器量のよいのに人が迷います。所で森松が岡惚《おかぼれ》をしましてちょく/\家《うち》の前を通りまして、
森「えー今日《こんち》は」
などと辞《ことば》をかけたり水を汲んでやったり致しますが、妙なもので若い女が手桶《ておけ》を持って行《ゆ》くと「姉さん汲んで上げましょう」と云いますが、これがお婆《ばあ》さんが行って「一つ汲んでおくんなさい」と云うと、井戸を覗いて見て「好《い》い塩梅《あんばい》に水があればいゝが」と云うくらいなことで。森松がちょく/\水を汲んでくれたり、買物や何かして遣《や》りますから、おあさは手拭の一筋もやったりなどして居りますと、或日のことおあさが云うに、
あさ「お母《っか》さんが煩っていてじゞ穢《むさ》くって仕様がないよ、何かする側で御膳を喫《た》べるのは厭《いや》だから、森さんお前さんの知っている所でお飯《まんま》を喫べよう」
と云われた時は森松は嬉しくって、
森「参りやすとも、角の立花屋へ往って待っておいでなせえ」
と約束して、これから森松は借物の羽織で小瀟洒《こざっぱり》した姿《なり》をして出掛けて往《ゆ》き、立花屋の門口から、
森「親方|今日《こんちや》あ」
立[#「立」は底本では「五」と誤記]「いや森さんかえ」
森「二階に(こゆびを見せる)こりゃアいやアしませんか」
立「なんだい小指を出して、お前さんのお連《つれ》かえ、先刻《さっき》から来ているよ」
と云われ、森松はニコ/\しながらとん/\/\と二階へ上《あが》ると、種々《いろ/\》な酒肴《さけさかな》を取っておあさが待って居りまして、
あ「ちょいと遅いことねえ、お前《ま》はんが来ないから私は極りが悪くって仕様がないよ」
森「宅《うち》を胡麻化して来ようと思ってつい遅くなりやした」
あ「あら髪なんぞを結って来るんだものを」
森「なアに家《うち》を出る時髪を結って来ると云って出ねえと極りが悪いから」
あ「気にも入るまいが色か何かの積りで緩《ゆっ》くり飲んでおくれな」
森「大層お肴がありやすねえ」
あ「さアお喫《あが》りよ」
森「戴きやす、御新造《ごしんぞ》のお酌で酒を飲むなんて勿体《もってえ》ねえことです、えーどうも旨いねえ」
あ「ちょいと種々《いろ/\》森さんのお世話になり、買物をするにも勝手が知れないから聞くと、私が買って上げようと云ってお世話になるから、何か買って上げようと思ったが、宅《うち》へ知れると年寄に訝《おか》しく思われるから思うようにいけないが、これは少しだがお前さんに上げるから」
森「こんな事をなすっちゃアいけませんよ」
あ「ちょいと私が、お前さんに袷《あわせ》の表を上げたいと思って持って来たよ、じゃがらっぽいがねえ銘仙《めいせん》だよ、ぼつ/\して穢《きたな》らしいけれども着ておくれでないか」
森「戴く物は夏もお小袖と云うから結構でござえやす」
あ「斯うしよう、お前の着物の寸法を書いておよこし、良人《うち》の留守の時縫って上げよう」
森「こりゃア有難い、これはどうもお前さんのような御気性な人はねえや、ちょくで人を逸《そら》さないようにして…あなたの所《とこ》の旦那はお堅うござえやすねえ」
あ「屋敷者だもの、だから不意気《ぶいき》だよ」
森「朝ね、黒い羽織を着て出る時、何時《いつ》も路地で逢うから、旦那お早うと云うと、好《い》い天気でござるなんかんて云うが、あんな堅い方はありません、一杯戴きやしょう、好い酒だ、私《わっち》アね何時でも宅《うち》を出る時、極りが悪いからちょっと往って来《き》やすよと云うと、旦那ア知ってるから森やア酔わねえように飲めよと云われるが、宅じゃア気が詰って飲めねえし、どうも酔えねえようには出来ねえが、宅の旦那は妙ですねえ…どうも有難うござえやす」
あ「私《わたし》アあねえ気が合わないから宅《うち》の藤原と別れ話にして、独り暮しになるからちょく/\遊びに来ておくれよ」
森「へー往《ゆ》くくらいじゃア有りやせん、へえ別れるねえ」
あ「別れると宅《うち》のも屋敷へ帰るし、私もいゝから別れようと思うのさ」
森「成程気が合わねえ、へえ成程、へえお前さんが独りになればポカ/\遊
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