たか知りませんが手を引いて下さい、私も亭主のある身で、姦通《まおとこ》でもしていると思われては困ります、私の亭主も男を売る商売ですから、どんなに怒《おこ》って私を女郎に売るか何だか知れません、亭主に対して打捨《うっちゃっ》て置けませんから手を引いておくんなさい」
 文「そういうことをすりゃア御亭主が無理というもの、湯の中で何程の事が出来るものではない、それを怒って女郎にするのなんのと云えば、それ程大切な女房なら、入込みの湯へ遣《よこ》さなければいゝというようなものだから、まア/\そんな事を云わないで堪忍してやっておくんなさい」
 浪「おい、何をいやアがるのだ、湯に遣そうが遣されめえがお前《めえ》の構った事じゃアねえ、生意気な事を云わねえで引込《ひっこ》んでろい」
 文「ホイ/\堪忍しておくれ、私《わし》が粗忽を云いました」
 浪「これさ、お前《めえ》なんだ生若《なまわけ》え身で耳抉《みゝっくじ》りを一本差しゃアがって、太神楽《だいかぐら》見たような態《ざま》をして生意気な事を云うねえお前《め》ッちゃア青二|才《せい》だ、鳥なら未《ま》だ雛児《ひよっこ》だ、手前達《てめえたち》に指図を受けるものか、青い口喙《くちばし》でヒイ/\云うな、引込んでろい」
 文「はい/\悪い処は重々詫をしますが、大の男が板の間へ手をついて只管《ひたすら》詫をすれば御亭主の御立腹も解けましょうから幾重にも当人に成替《なりかわ》って」
 浪「いけねえよ、愚図々々口をきかねえで引込みなせい」
 と云いながらズッと番頭を引立《ひきた》てに掛るから、
 文「あゝ待ちなさい/\、それでは是程云っても聞き入れませんかえ」
 浪「聴かれませんよ」
 文「愈《いよ/\》聴かれなければ此方《こっち》にも了簡《りょうけん》がある」
 浪「聴かなければどうする」
 文「聴入《きゝい》れなければ斯様《かよう》致す」
 と云いながら突然《いきなり》お浪の髻《たぶさ》を取って引倒《ひきたお》し、拳骨《げんこつ》を固めて二ツ打《ぶ》ちましたが、七人力ある拳骨ですから二七十四人に打たれるようなもので、痛いの何《な》んのと申して、悪婆《あくば》のお浪も驚きました。なれども急所を除《よ》けて打ちます。
 文「これ、汝《われ》は不届《ふとゞき》ものだ、手前の亭主はお構い者で、聞けば商人《あきんど》や豪家へ入り、強請《ゆすり》騙《かた》りをして衆人を苦しめると云う事は予《かね》て聞いて居《お》ったが、此の文治郎が本所に居《お》る中《うち》は捨置《すてお》く訳にはいかん、それに此の文治の事を青二才などと云おうようなき悪口《あっこう》を申したな、手前のような奴を活《い》かして置いては大勢の人の難儀になるから打殺《ぶちころ》すのであるが、女の事ゆえ助けてやる、早く家《うち》へ帰って亭主の國藏という奴に、己《おれ》は業平橋に居る浪島文治郎と云うものだから、打《ぶ》たれたのを残念と思うならいつでも仕返しに来いと屹《きっ》と申せよ」
 と云いながらトーンと障子を明けて、表へ突き出したから、お浪は倒れて眼が眩《くら》みましたが、漸《ようや》くの事で這《は》うようにして家《うち》へ帰って、國藏に此の事を話そうと思うと、其の晩は帰りませんで、翌日の昼時分に帰って来まして、
 國「お浪今|帰《けえ》ったよ、寝てえちゃアいけねえ、火も何も消えて居るじゃアねえか」
 浪「起きられやしねえよ、頭が割れそうだア」
 國「なんだ頭が割れそうだ、頭が痛けりゃア按摩《あんま》でも呼んで揉《も》んで貰いねえナ」
 浪「拳骨《げんこつ》で廿ばかり打《ぶ》たれたよ」
 國「なに打たれて黙って帰《けえ》って来るような手前《てめえ》じゃアねえじゃねえか、何奴《どいつ》が打ったのだ」
 浪「夕べお前が帰《けえ》って来たらば直《す》ぐに仕返《しけえ》しに行こうと思っていたが、いつでも杉の湯に来る奴が来たから、お前《めえ》に教わった通りにして、向うへ強請に往《い》こうと思うと、業平橋にいる文治と云う奴が来て、突然《いきなり》に私を打って、打殺して仕舞《しまう》んだが助けてやるから家《うち》へ帰《けえ》って亭主の國藏と云う奴に云って、いつでも仕返《しけえ》しに来いと云って、人を蚰蜒《げじ/\》見たように摘《つま》み出しゃアがったよ、悔しくって/\仕様がねえから、仕返しに往っておくれよ」
 國「静かにしろい、業平文治と云う奴は黒い羽織を着ている奴だな、結構だ」
 浪「何が結構だ」
 國「寒さの取付《とっつ》きに立派な人に打《ぶ》たれて仕合せよ、悪い跡はいゝやい」
 と云いながら落着き払って出て行《ゆ》きましたが、何処《どこ》で買ったか膏薬《こうやく》を買って来まして、お浪の身体へベタ/\と打《ぶ》たれもしない手や何かへも貼付け、四つ手《で》駕籠
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