《かご》を一挺《いっちょう》頼んで来て、襤褸《ぼろ》の※[#「※」は「「褞」で「ころもへん」のかわりに「いとへん」をあてる」、11−6]袍《どてら》を着たなりで、これにお浪を乗せ業平文治の玄関へ参りまして、
 國「お頼み申します/\」
 男「オヽイ」
 と返事をして台所の方から来たのは、本所の番場で森松《もりまつ》と云う賭博兇状持《ばくちきょうじょうもち》で、畳の上では生きていられないのが、文治の意見を聞いて改心して、今では文治の所にいる者です。
 森「だれだえ」
 國「えゝ浪島文治郎様のお宅はこちらですか」
 森「此方《こちら》だがお前《めえ》はなんだえ、/\」
 國「少し旦那にお目に懸ってお話し申したいことがあって来ました」
 森「生憎《あいにく》今日は旦那はいねえや、何《なん》の用だか知らねえが日暮方にでも来ねえ」
 國「旦那がお留守なら御新造《ごしんぞ》さんにでもお目に懸りたいもんです」
 森「御新造さんはねえや、お母《っか》さんばかりだ」
 國「お母《ふくろ》さんでも宜しゅうございます、へい、これは病人でございますから、おい/\ソーッと出ねえといけねえよ、骨が逆に捻《ねじ》れると不具《かたわ》になって仕舞うよ」
 森「おい/\己《おら》の処は医者様じゃアねえよ、これは浪島文治郎さんと云う人の宅だよ」
 國「そりゃア存じて居ります、おい若衆《わけいしゅ》さん帰《け》えってもいゝよ」
 と駕籠屋を帰し、お浪の手をとりまして、
 國「少し此処《こゝ》へお置《おき》なすっておくんなせえ」
 森「おい、少し待っていねえ、お母《ふくろ》さんに話すから」
 と奥へ参り、
 森「申しお母《ふくろ》さんえ、何《なん》だか知れませんが膏薬だらけの女を連れて旦那にお目に懸りてえと云って来ましたから、旦那が留守だと云ったら、お母《ふくろ》さんにお目に懸りたいと申しますが、何《ど》うしましょう」
 母「此方《こちら》へお通し申せ/\」
 森「さア兄イ此方《こっち》へ来ねえ」
 國「えゝお初《はつ》うにお目に懸りました、私《わっち》は下駄職國藏と申すものでごぜえやすが、お見知り置かれまして此の後とも御別懇に願います」
 母「はい、私《わたくし》は文治郎の母でございますが、生憎今日は他出致しましたが、誠に年を取って居りますから悴《せがれ》が余所《よそ》様でお交際《つきあい》を致しましたお方は一向存じませんから、仰《おっ》しゃりおいて宜しい事ならどうか仰しゃりおきを願います」
 國「些《ちっ》とあなたのお耳へ入れては御心配でございましょうが、彼処《あすこ》に寝て居りますのは私《わっち》の嚊《かゝあ》で、昨晩間違いが出来ましたと云うのは、湯の中で臀《けつ》を撫でたとかお情所《なさけどころ》を何《ど》うとかしたと云うので、亭主のある身でそんな真似をされちゃア亭主の前《めえ》へ済まねえと云って、其の男に掛合って居る処へ、此方《こちら》の旦那が来て私《わっち》の嚊を拳骨《げんこつ》で廿とか三十とか打《ぶ》って、筋が抜けたとか骨が折れたとか、なアにサ、何《なん》だかこんな事を申しやすと強請騙りにでも参った様に思召《おぼしめ》すだろうが、そう云う訳ではありませんが、お恥しい話ですが、其の日/\に下駄を削って居ります身分ですから、私《わっち》が看病をすれば仕事をする事が出来ねえ、仕事をする事が出来なけりゃア食う事が出来ねえが、此方《こちら》は御身分もありお宅も広うございやすから、どうかお台所の隅へでも女房を置いて重湯でも飲ましておいてくれゝば、私《わっち》も膏薬の一貼《ひとはり》位《ぐれ》えは買って来ますから、どうかお預りを願います」
 母「はい/\、それは誠にお気の毒様な訳で、嘸《さぞ》御立腹な訳でございましょう、仮令《たとえ》どのような事がありましても人様《ひとさま》の御家内を打擲《ちょうちゃく》するとは怪《けし》からん訳でございます、若年の折柄《おりから》人様に手を掛ける事が度々《たび/\》ありまして意見もしましたが、どうも性分で未《ま》だ直りません、どのようにも御看病もしとうございますが、私《わたくし》も寄る年で思うようにも御看病が届きませんと、御病人の癇《かん》が起りますものでございますから、お医者も此方《こちら》からお附け申しましょうし、看病人も附けましょう、又あなたがお仕事をお休みになれば日々どれだけのお手間料が取れますか知りませんが、お手間料だけは私《わたくし》の方から」
 國「いえ/\飛んでもねえ事を仰しゃる、此方からお手当を戴き嚊を宅《うち》へ置いて看病をすると、私《わっち》も堅気の職人ですから、そんな事が親方の耳へでも入《へえ》れば、手前《てめえ》は遊《あす》んでいて他から銭を貰う、飛んでもねえ奴だ、向後《きょうこう》稼業《かぎょう》を構う
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