くだい》に金が入《い》る、それは困ります、中々|私《わし》は無禄《むろく》の浪人で金の生《な》る木を持たんから六七百両の金はない。殊《こと》に押詰《おしつま》った年の暮でしようがないが、金をよしにしてどうか助ける工夫はありませんか」
友「それがいけない故に死ぬ了簡にもなったのでございますから、若し金が出来なければどうでもこうでも死にまする覚悟でございます」
文「そんな事とは知りませんから、うっかりお助け申そう夫婦にして上げようと云ったのは過《あやま》りだ、飛んだ事をしましたねえ、併《しか》し一旦助けようと云って、そんなら金が出来ん手を引くから死になさいと云うのも男が立たず、新兵衞さん当惑致しましたねえ」
新「文治郎様それは御心配なさいますな、松屋新兵衞が附いて居ります、二人には何も縁はねいが、貴方《あんた》には何《なん》でアノ業平橋で侍に切られる処を助かった大恩があるから、お礼をしていと思っても受けないから、何《なん》ぞと思っていた処、好《い》い幸《さいわ》いだから金ずくで貴方の男が立つなら金を千両出しましょう、えー出しやす」
文「いゝや」
新「いや出します」
文「でも」
新「金は千両|位《ぐらい》出します、足りなければ三千両出しやす」
文「お前さん方は仕合《しやわ》せだ、此の方がねえ金を出して下さると云うから命の親と思うが宜しい、こんな目出たい事はない」
友「有難うございます、松屋さまどうぞ決して御損はかけません、稼ぎますればどうかしてお返し申しますから、只今の処一時お助けを願います」
村「有がたい事、斯《こ》う遣《や》って二人で助かる訳なら笄なども遣って仕舞わなければよかった」
とこれから松屋新兵衞は山の宿《しゅく》の宿屋へ帰り、お村と友之助は海老屋へ預けまして、翌日紀伊國屋の主人からお村のお母《ふくろ》へ掛合に参りますのが一つの間違いになると云うお話になります。
六
文治が友之助を助けた翌日、お村の母親の所へ掛合《かけあい》に参りまして、帰り掛《がけ》に大喧嘩の出来る、一人の相手は神田《かんだ》豊島町《としまちょう》の左官の亥太郎《いたろう》と申す者でございます。其の頃|婀娜《あだ》は深川、勇みは神田と端歌《はうた》の文句にも唄いまして、婀娜は深川と云うのは、其の頃深川は繁昌で芸妓《げいぎ》が沢山居りました。夏向座敷へ出ます姿《なり》は絽《ろ》でも縮緬《ちりめん》でも繻袢《じゅばん》なしの素肌《すはだ》へ着まして、汗でビショ濡《ぬれ》になりますと、直ぐに脱ぎ、一度|切《ぎ》りで後《あと》は着ないのが見えでございましたと申しますが、婀娜な姿《なり》をして白粉気《おしろけ》なしで、潰《つぶ》しの島田に新藁《しんわら》か丈長《たけなが》を掛けて、笄《こうがい》などは昔風の巾八分長さ一尺もあり、狭い路地は頭を横にしなければ通れないくらいで、立派を尽しましたものでございます。又勇みは神田にありまして皆腕力があります、ワン力と云うから犬の力かと存じますとそうではない、腕に力のあるものだそうでございます。腕を突張《つッぱ》り己《おれ》は強いと云う者が、開けない野蛮の世の中には流行《はやり》ましたもので、神田の十二人の勇《いさみ》は皆十二支を其の名前に付けて十二支の刺青《ほりもの》をいたしました。大工の卯太郎《うたろう》が兎《うさぎ》の刺青を刺《ほ》れば牛右衞門《うしえもん》は牛を刺り、寅右衞門《とらえもん》は虎を刺り、皆|紅差《べにざ》しの錦絵《にしきえ》のような刺青を刺り、亥太郎は猪の刺青を刺りましたが、此の亥太郎は十二人の中《うち》でも一番強く、今考えて見れば馬鹿々々しい訳ですが、実に強い男で「これは亥太郎には出来まい」と云うと腹を立《たっ》て、「何でも出来なくって」と云い、人が蛇や虫を出して、「これが食えるか」と云うと「食えなくって」と云って直ぐに食い、「亥太郎幾ら強くってもこれは食えめえ」と云うと「食えなくって」と云いながら小室焼《こむろやき》の茶碗や皿などをぱり/\/\と食って仕舞い、気違いのようです。或《ある》時亥太郎が門跡様《もんぜきさま》の家根《やね》を修復《しゅふく》していると、仲間の者が「亥太郎|何程《なにほど》強くっても此の門跡の家根から転がり堕《おち》ることは出来めえ」と云うと「出来なくって」と云って彼《あ》の家根からコロ/\/\と堕ちたから、友達は減ず口を利いて飛んだ事をしたと思って冷々して見ていると、ひらりっと体《たい》をかわして堕際《おちぎわ》で止ったから助かりましたが危い事でした。門跡様では驚いて、これから屋根へ金網を張りました。あれは鴻《こう》の鳥が巣をくう為かと思いました処が、そうではない亥太郎から初まった事だそうでございます。此の亥太郎が大喧嘩をいたしますのは後のお
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