のかわりに「いとへん」をあてる」、84−5]袍《どてら》の姿《なり》で突然《いきなり》唐紙《からかみ》を明けて座敷へ飛込みまして物をも云わせずお村の髷《たぶさ》を取って二つ三つ打擲致しましたから、一座の者は驚いて、
森「何《なん》だ/\/\何だ/\何処《どこ》の人だか此処《こゝ》へ入ってはいけません」
友「はい/\此のお村に誑《ばか》されまして、今晩牛屋の雁木で心中致しました自業自得の斃《くたば》り損《ぞこな》いでございます」
文「それじゃアお前さんがお村さんと約束をして飛込んだ友之助さんと云う人かえ」
友「へいそうです…これお村、能く聞け、手前のような不実な奴が世の中にあるか、手前の方で一人で死ぬと云って愚痴を云い、己《おれ》も死のうと云うと一緒なら死花《しにばな》が咲くと云ったじゃないか、己は死後《しにおく》れて死切《しにき》れないから漸《ようや》く堤《どて》へ上って、吾妻橋から飛込もうと思って来た処が、まだ人通りがあって飛こむ事もならねえから、此の海老屋へ来て僣《ひそ》んでいたから手前が助かって来た事を知ったのだ、若《も》し知らずに己が吾妻橋から飛こんで仕舞ったら手前は跡で此の方に身を任せて、線香一本で義理を立《たて》る了簡《りょうけん》だろう、そんな不人情と知らずに多くの金を遣《つか》い果たして実に面目ない」
文「まア/\待ちなさい、暫《しばら》く待っておくんなさい、どうか待って下さい、腹を立ってはいかない、お村さんはお前さんが死んで仕舞ったと思って義理がわるいから是非死のうと云うのを、私《わし》が種々《いろ/\》と云って止めたからで、決して心が変ったと云う訳ではないから落付いて話が出来ます」
友「宜しゅうございます、そう云う腹の腐った女でございますなら思いきりますから、女房《にょうぼ》にでも情婦《いろ》にでも貴方《あなた》の御勝手になさい、左程《さほど》執心《しゅうしん》のあるお村なら長熨斗《ながのし》をつけて上げましょう」
文「私《わし》はお村さんとやらに初めてお目に懸ったので、此の上州前橋の松屋新兵衞さんと云うお方と一緒に、今日|上流《うわて》で一杯飲んで帰る時、船首《みよし》にぶつかった死骸を引揚げて見ると、直《すぐ》に気が付いたから、好《よ》い塩梅《あんばい》だと思って段々様子を聞くと、これ/\だと云って又飛込もうとするから、一旦助けたものを、そんなら死になさいとは云われないから、種々《いろ/\》異見をして死ぬ事を止めたのだが、お前さんが助かって来ればこんな目出たいことはない、元々二人とも夫婦になれば宜《い》いのでしょう、私《わし》が惚れてゞもいると思われちゃア困りますが、家《うち》の一軒も持たせる工夫をして上げましょう、そうしたらお前さんの疑《うたぐ》りも晴れましょう」
友「へー、それはどうも有がとうございます、此の方《かた》は本所の剣術の先生かえ」
村「いゝえ何処《どこ》の方か初めての方が、実に親切に介抱をして下すったから、お礼を云うのを彼様《あんな》悪たいをついて済まないじゃないか、謝まっておくんなさい」
友「誠に私《わたくし》があやまった、誠にどうも相済みません、私《わたくし》は取上《とりのぼ》せていて貴所方《あなたがた》はお村の身請《みうけ》をするお客と存じまして、とんでもない事を申しましたが、どうか御勘弁を願います、貴方は何方《どちら》の方でございます」
文「私も取紛《とりまぎ》れてお近付きになりませんが、私は浪島文治と云う浪人でございます、不思議な御縁で今晩お目に懸りました、どうか幾久しゅう」
友「お村と私《わたくし》を本当に媒人《なこうど》になって夫婦にして下さいますか、どうぞ願います、拝みますから」
文「無闇に拝んでも行けませんが、どうすれば夫婦になれるか、其の様子を伺いたい」
友「別にむずかしい事はございません、私《わたくし》は主人の金を二百六十両余遣い果たして居りますから、これはどうしても大晦日までに返さんければ主人の前が立ちません、其の外《ほか》にもありますが、先《ま》ず二百六十両なければどうしても生きてはいられない義理になって居りますから此の世で添えないくらいなら死ぬ方がましと覚悟を致しました、お村も義理のわるい借財があって、旦那を取らんければどうしても女郎《じょうろ》に売られるから死んで仕舞うと覚悟を致した処から、終《つい》に心中する事になりました、どうか大晦日までに二百六十両を貴方御才覚下すって、返して下さいまして、其の外に百両程ありますから其の借を返して下さいまして、お村のお母《ふくろ》は慾張った奴でございますから、貰い切《きり》にするには三百両とも申しましょう、それをお母に遣って下さいまして、店の一軒も持たせて下さるように願います」
文「莫大《ば
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