拭《ふ》き掃除をして居りますと、杖《つえ》を曳《つ》いて小野庄左衞門が門口から、
 庄「今帰って来たよ」
 町「おやお父様《とっさま》、お帰り遊ばせ」
 庄「雪の翌日《あした》で大きに凌《しの》ぎ宜《よ》いのう」
 町「はい、今日《こんにち》はお外でもお暖かでございましょう」
 庄「あゝ医者が外へ出るのは能《よ》くないと云うから家《うち》にいてお茶でも入れようかな」
 町「あの、生憎《あいにく》お茶が切れました」
 庄「茶を買ったら宜かろう」
 町「はい、生憎お鳥目《ちょうもく》が切れました」
 庄「いやそれは困りました、屑屋《くずや》でも来たら何か払っておいたら宜かろう」
 町「さア払う物もございません、それにお天気都合が悪いので二三日参りませんから、先《せん》のお鳥目が切れましたから、お茶を買いますお鳥目がございません」
 庄「紙屑買などが来ないと貧乏人は困るなア、己《おれ》も細字《さいじ》は書けないが大字《だいじ》なら書けるから少しでも見えるようになればよいのう」
 町「お父さまは少しお見え遊ばすと直《じ》きお外出《そとで》をなすっていけませんから、寧《いっ》そお見え遊ばさない方が宜しゅうございます」
 庄「何故《なぜ》え」
 町「先達《せんだっ》ても少しお見え遊ばすと云って、つい其処《そこ》までおいでなさると仰しゃいますから、私《わたくし》が窃《そっ》とお跡を尾《つ》けて参りますと、知れない横町からお頭巾をお被り遊ばし、袂《たもと》から笛をお出し遊ばして、導引揉療治《どういんもみりょうじ》と仰しゃってお歩き遊ばしましたから、私《わたくし》は恟《びっく》りして宅《うち》へ帰り、お父さまが人の足腰を揉んでも私《わたくし》に苦労をさせないように遊ばして下さる其の御膳《ごぜん》を戴いて食べるのは実に勿体ない事だと思って、あの時は御膳が刺《とげ》のように咽《のど》へたって戴けませんでした、私《わたくし》が男ならお父様にあんな真似はさせませんが、悔しい事には女でございますから、お父様のお手助けも出来ず、誠に不孝でございますと思って泣いてばっかり居りました」
 庄「あゝもう/\そんなことを云うな、中々|私《わし》の方がお前に気の毒だ、用がないからそんな真似をするのだから悪く思って呉れるな、私《わし》も屋敷に居れば手前にも不自由はさせず、好きな簪《かんざし》を買ってやられる
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