ひざ》を打ちますと、前へドーンと倒れるのを見て、一人の士は真向《まっこう》上段に一刀を振りかざして、今打ちおろそうとする奴を突然《いきなり》傘の轆轤《ろくろ》で眼と鼻の間へ突きをいれまして、倒れる処を其の者の抜きました長物《ながもの》で刀背打《むねうち》に二ツ三ツ打《ぶ》ちましたが、七人力ある人に打《ぶた》れたのですから堪《たま》りません、
 士「まえった、御免を蒙《こうむ》る、酩酊《たべよっ》て怪《け》しからん訳でござる、お詫を致す、お免《ゆる》し下さい」
 文「お前さん方は長い物をさして、人を劫《おびや》かすのは宜しくありません、お師匠様の御名儀にも係《かゝわ》ります、以後たしなまっしゃい」
 士「恐れ入ります」
 と云いながら刀を拾って逃出《にげだ》しましたから、
 文「そんな鈍刀《なまくら》では人は斬れません」
 と笑いながら文治は跡を見送って、
 文「只今のお方は何処《どちら》においでなさるな」
 商「へーこれに居ります、貴方《あんた》の御尊名は何《なん》と仰しゃいますか、手前は上州《じょうしゅう》前橋|竪町《たつまち》松屋新兵衞《まつやしんべえ》と申しますが、貴方の今の働きは鎮守様かと思いやした」
 文「いや/\名なんどを名告《なの》るような者ではありません、無禄《むろく》無官の浪人で業平橋に居《お》る波島文治郎と申すものでございます」
 商「明日《みょうにち》早速お礼に参りますから」
 文「いゝえ宅《たく》へ来てはいけません、私が喧嘩の中へ入ったなどと云う事を母が聞きますと心配致しますから、お出《いで》は御無用です、貴方《あなた》の御旅宿《ごりょしゅく》は何処《どちら》でございますえ」
 商「はい、山の宿《しゅく》の山形屋《やまがたや》に泊って居ります」
 文「左様なら明日|序《ついで》があれば私の方からお尋ね申します」
 と云い棄てゝ文治は森松を連れて帰りましたが、母には喧嘩のけの字も申しません。翌日は雪の明日《あした》で暖かな日ですから、昨夜の女に四十金恵もうと、本所松倉町の裏家住居《うらやずまい》小野庄左衞門の宅へ尋ねて参りました。此の庄左衞門は元《も》と中川山城守の家来で、二百石取りましたものでございますが、仔細あって浪人致し、眼病を煩《わずら》い、一人の娘が看病をして居りますが、娘は孝行で、寒いのに素袷《すあわせ》一枚で、寒さも厭《いと》わず
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