と云うから見ると士《さむらい》だから慌てゝ除《よ》けようと思うと、除ける機《はずみ》にヒョロ/\と顛《ころが》ります途端に、下駄の歯で雪と泥を蹴上《はねあ》げますと、前の剣術遣いの襟《えり》の中へ雪の塊が飛込みましたから、
 士「あゝ冷たい、なんたる奴だ、あゝ冷たい/\、これ町人倒れたぎりで詫を致さんな、無礼至極な奴だ、何《なん》と心得る、返答致せ」
 と云われ漸《ようや》く頭を挙げて向うを見てもドロンケンだから分りません。
 商「誠に大変酔いまして、エー何《なん》とも重々恐れ入りやした、田舎者で始めて江戸へ参《めえ》りやして、亀井戸へ参詣して巴屋で一|杯《ぺい》傾けやした処が、料理が佳《い》いので飲過ぎて大酩酊《おおめいてい》を致し、足元の定《さだま》らぬ処から無礼を致しやして申し訳がありやせん、どうか御勘弁を願いやす」
 士「なんだ言訳に事を欠いて巴屋でやり過ぎたとはなんだ」
 商「些《ち》とやり過ぎやした、どうも巴屋はなか/\旨く食わせやすなア」
 士「言訳をするのに巴屋はなか/\旨く食わせるなどとは不埓《ふらち》な申分《もうしぶん》、やい其処《そこ》に転がっているのは供か連れかなんだ」
 商「ヒエイ」
 と頭は上げましたが舌が少しも廻りません。
 商「エーイ主人がね此方《こっひ》へ除《よ》えようとすう、て前《もえ》も此方《ほっひ》へ除《お》けようとする時に転《ほろ》がりまして、主人の頭と私《うわし》の頭と打《ぼつ》かりました処が、石頭《ゆいあさま》で痛《いさ》かった事、アハア冷《しべ》てえや」
 士「こんな奴は性《しょう》のつくように打切《ぶったぎ》った方が宜しい、雪へ紅葉《もみじ》を散してやりましょう」
 士「それが宜しい、遣って仕舞いましょう」
 と云う声を聞いて両人《ふたり》とも真青になって、雪の中へ頭を摺り付け、
 商「何卒《どうぞ》御勘弁なすって下さいまし/\」
 士「勘弁はならん、切って仕舞う」
 と云うのを文治が塀のところで見て居りましたが、
 文「森松悪い奴だのう」
 森「何《なん》です、雪の中へ紅葉とは何の事です」
 文「彼《か》の二人を切ると云うから己《おれ》が鳥渡《ちょっと》詫びてやろう」
 森「お止しなさい/\」
 文「どうも見れば捨置く訳にはいかんから」
 と織色《おりいろ》の頭巾《ずきん》を猶《な》お深く被《かぶ》って目ばか
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