事は出来ません」
亭「折角《せっかく》だから戴いて行《ゆ》きな、これは業平橋にお住居《すまい》なさる文治様と云う旦那だよ」
娘「有り難うございますが、親父が物堅うございますから、仮令《たとえ》手拭一筋でも人様から謂《いわ》れなく物を戴いて参ると直《すぐ》に持って往って返えせと申しますくらいでございますから、金子などを持って往《ゆ》けば立腹致して私《わたくし》を手打にすると申すかも知れません、戴きたい事は山々でございますが、私《わたくし》が持って帰っては迚《とて》も受けませんから、お慈悲|序《つい》でに恐れ入りますが、貴方が持って往って直《じか》に親父にお渡し下されば親子の者が助かります、眼さえ治れば直《すぐ》にお返し申しますから何卒《どうぞ》そう為すって下さいまし」
文「はい/\これはお前さんに遣るのは悪るかった」
森「これは真物《ほんもの》ですなア、贋物なら直《すぐ》に持って往《ゆ》くのだが、こりゃア真物だ」
文「姉さんお前は何処《どこ》だえ」
娘「はい、松倉町二丁目でございます」
文「それは聞いたがお前の家《うち》は松倉町の何《ど》の辺だえ」
娘「はい、葛西屋《かさいや》と云う蝋燭屋《ろうそくや》の裏でございます」
森「フム、けちな蝋燭屋だ」
文「お父さんは何をしておいでだえ」
娘「筆耕書《ひっこうかき》でございます」
森「なんだとシッポコかきだとえ」
文「なアに版下《はんした》を書くんだ、お父さんの御尊名は何と仰しゃいますえ」
娘「はい小野庄左衞門《おのしょうざえもん》と申します」
文「何処《どちら》の御藩中ですか」
娘「中川山城守《なかがわやましろのかみ》の藩中でございます」
文「士気質《さむらいかたぎ》ではうっかりお受取《うけとり》なさいますまいから、明日《みょうにち》私が持って往って上げましょう、気を付けてお帰んなさいよ」
娘「有難うございます、左様なら」
文「此処にお茶受に出たお菓子があるから持っておいで、あれさ、食物《たべもの》は宜しい」
と紙へ沢山包んで、
文「さアお持ちなさい」
と出された時は孝行な娘だから親に旨い物を食べさせたいが、窮して居りますから何一つ買って食べさせられないから、
娘「有難うございます」
と云って手に取って貰う時に、始めて文治の顔を見ますと、美男の聞えある業平文治でござります、
前へ
次へ
全161ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング