《かうし》を明けて見ますると、両側《りやうがは》共《とも》に黒木綿《くろもめん》の金巾《かなきん》の二巾位《ふたはゞぐらゐ》もありませうか幕張《まくは》りがいたしてございまして、真黒《まつくろ》で丸《まる》で芝居《しばゐ》の怪談《くわいだん》のやうでございます。処《ところ》へ大きな丈《たけ》三|尺《しやく》もある白張《しらはり》の提灯《ちやうちん》が吊《つる》さがつて居《を》ります、其提灯《そのちやうちん》の割《わり》には蝋燭《ろうそく》が細《ほそ》うございますからボンヤリして、何《ど》うも薄気味《うすきみ》の悪いくらゐ何《なん》か陰々《いん/\》として居《を》ります。軒下《のきした》に縄張《なはば》りがいたしてございます此《こ》の中《うち》に拝観人《はいくわんにん》は皆《みな》立《たつ》て拝《はい》しますので、京都《きやうと》は東京《とうきやう》と違《ちが》つて人気《にんき》は誠に穏《おだ》やかでございまして、巡査《じゆんさ》のいふ事を能《よ》く守り、中々《なか/\》縄《なは》の外へは出ません。一|尺《しやく》ぐらゐ跡《あと》に退《さが》つて待《ま》つて居《ゐ》る様子《やうす》、それが東京《とうきやう》の人だと「何《なに》をしやアがる、押《お》しやアがるな、モツと其方《そつち》へ寄《よ》りやアがれ。なんかと突倒《つきたふ》して、縄《なは》から外へ飛出《とびだ》し巡査《じゆんさ》に摘《つま》み込《こ》まれる位《くらゐ》の事がございますが、西京《さいきやう》は誠に優《やさ》しい、「押《お》しなはんな、アの様《やう》な事いうてや、押《お》しなはんな、何《なに》いうてゐやはります。なぞと誠におとなしい夫故《それゆゑ》押《お》される憂《うれ》ひはございません、けれども軒《のき》の下《した》にはギツシリ爪《つめ》も立たんほど立つて居《を》ります。
其《そ》の中《うち》に追々《おひ/\》お通《とほ》りになります、向うに列《なら》んで居《を》りまするは、近衛兵《このゑへい》と申《まう》す事でございますが、私《わたくし》どもには解《わか》りませんが、兵隊《へいたい》さんが整列《せいれつ》して居《を》ります。指図役《さしづやく》のお方《かた》でございますか、馬乗《ばじよう》で令《れい》を下《くだ》して居《を》られます。四ツ辻《つぢ》の処《ところ》に点《とも》つて居《を》りました電気燈《でんきとう》が、段々《だん/\》明《あか》るくなつて来《く》ると、従《した》がつて日《ひ》は西に傾《かたむ》きましたやうでございます。其中《そのうち》に又《また》拍子木《ひやうしぎ》を、二ツ打ち三ツ打ち四ツ打つやうになつて来ると、四ツ辻《つじ》の楽隊《がくたい》が喇叭《らつぱ》に連《つ》れて段々《だん/\》近く聞《きこ》えまする。兵士《へいし》の軍楽《ぐんがく》を奏《そう》しますのは勇《いさ》ましいものでございますが、此《こ》の時は陰々《いん/\》として居《を》りまして、靴《くつ》の音《おと》もしないやうにお歩行《あるき》なさる事で、是《これ》はどうも歩行《ある》き悪《にく》い事で、誠に静《しづ》まり返《かへ》つて兵士《へいし》ばかりでは無い馬までも静《しづか》にしなければいかないと申《まう》す処《ところ》が、馬は畜生《ちくしやう》の事で誠に心ない物でございますから、焦《じれ》つたがり、駈出《かけだ》したり或《あるひ》は跡足《あとあし》でバタ/\やるやうな事《こと》もございました。其《そ》の中《うち》にどうも兵士《へいし》の通《とほ》る事は千人だか数限《かずかぎ》りなく、又《また》音楽《おんがく》が聞《きこ》えますると松火《たいまつ》を点《つ》けて参《まゐ》りますが、松火《たいまつ》をモウ些《ちと》欲《ほ》しいと存《ぞん》じましたが、どうもトツプリ日《ひ》が暮《く》れて来《く》る、電気《でんき》は四ツ角《かど》に点《つ》いて居《を》りますのだから幽《かす》かに此方《こちら》へ映《うつ》りまする、松火《たいまつ》は所々《しよ/\》にあるのでございますからハツキリとは見えませんが、何《なん》でも旗が二十本ばかり参《まゐ》つたと思ひました。皆《みな》白錦《しろにしき》の御旗《みはた》でございます。剣《つるぎ》の様《やう》なものも幾《いく》らも参《まゐ》りました。其《そ》の中《うち》に御車《みくるま》を曳出《ひきだ》して参《まゐ》りまするを見ますると、皆《みな》京都《きやうと》の人は柏手《かしはで》を打ちながら涙を飜《こぼ》して居《を》りました。処《ところ》へ風《かぜ》を冐《ひ》いた人が常磐津《ときはづ》を語るやうな声《こゑ》でオー/\といひますから、何《なん》だかと思《おも》つて側《そば》の人に聞きましたら、彼《あ》れは泣車《なきぐるま》といつて御車《みくるま》の軌《
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