きし》る音《おと》だ、と仰《おつ》しやいましたが、随分《ずゐぶん》陰気《いんき》な物《もの》でございます。其御車《そのみくるま》に四頭の牛がついて居《を》ります。此牛《このうし》は蓮華班《れんげまだら》といひ、替牛《かへうし》が位牌班《ゐはいまだら》といふのがあり、天簾《あますだれ》といふ牛がある。どうも能《よ》くさういふ毛並《けなみ》の牛が出来《でき》たものでございますが、牛飼《うしかひ》さんに尋《たづ》ねると然《さ》ういふ牛は其《そ》の時に生《うま》れて出ると云《い》ひました、と京都《きやうと》の人が申《まうし》ました。御車《みくるま》の前《まへ》に糞《ふん》をするといかんといふので、黒胡麻《くろごま》を食べさせて糞《ふん》の出ないやうにするといふ、牛も骨の折れる事でございます。毎日々々|食《た》べ附《つ》けない黒胡麻《くろごま》を食《た》べて糞詰《ふんづま》りになるから牛が加減《かげん》が悪くなつて、御所内《ごしよない》の主殿寮《とのものれう》に牛小屋《うしごや》がありまして、其《そ》の中《なか》に寐《ね》て居《を》りますと、牛の仲間が見舞《みまひ》に参《まゐ》りました、といふお話《はな》しを考へました、是《これ》は昔風《むかしふう》の獣物《けもの》が口《くち》を利《き》くといふお話の筋《すぢ》でございます。
 多くの黒牛《くろうし》と白牛《しろうし》が這入《はいつ》て来《き》まして、「御免《ごめん》なさい。「ハイ。「扨《さて》誠にどうもモウ此度《このたび》は御苦労様《ごくらうさま》のことでございます、実《じつ》に何《ど》うも云《い》ひやうのない貴方《あなた》は冥加至極《みやうがしごく》のお身《み》の上《うへ》でげすな。「ヘエ有難《ありがた》うございます。「マア斯《か》ういふ事は滅多《めつた》にない事でございます、我々《われ/\》のやうな牛は実《じつ》に骨の折れる事|一通《ひととほ》りではありません、女牛《めうし》の乳《を》を絞《しぼ》られる時の痛さといふのは耐《たま》りませんな、夫《それ》にまア私《わたし》どもの小牛等《こうしなど》は腹《はら》の毛《け》をむしられて、八重縦《やへたて》十|文字《もんじ》に疵《きず》を付《つ》けられて、種疱瘡《うゑばうさう》をされ布《ぬの》で巻《ま》かれて、其《そ》の痒《かゆ》い事は一|通《とほ》りではありません、夫《そ》れに私共《わたしども》は先年《せんねん》戦争《せんさう》の時などは、支那《しな》の恐《おそ》ろしい道の悪い処《ところ》へ行《い》きまして木石《ぼくせき》を積《つ》んで運《はこ》びますのが、中々《なかなか》骨の折れた事で容易《ようい》ではございません、勿論《もちろん》牛は力のあるのが性質《うまれつき》故《ゆゑ》、詰《つま》りは国《くに》の為《た》めだから仕方《しかた》がございませんが、それに引換《ひきか》へて貴方《あなた》は結構《けつこう》でございますねエ。「ヘエ。「同じ牛でもどうも、五|位《ゐ》の位《くらゐ》が附《つ》いたといふ事を聞きましたが全《まつ》たくでございますか。「ヘエ……そんなに賞《ほ》めてお呉《く》んなさるな、畜生《ちくしやう》の身《み》の上《うへ》で位《くらゐ》など貰《もら》ひましたから、果報焼《くわはうや》けで、此様《こん》な塩梅《あんばい》に身体《からだ》が悪くなつて、牛のくらゐ[#「くらゐ」に白丸傍点]倒《だふ》れとは此事《このこと》で、毎日々々|黒胡麻《くろごま》ばかり食《く》はせられて、食《た》べ附《つけ》ない旨《うま》い物《もの》だからつい食《た》べ過ぎてすつかり通《つう》じが留《とま》りましたので、逆《のぼ》せて目が悪くなつて、誠にどうも向うが見えませんから狭《せま》い通《とほ》りへ行《い》つて、拝観人《はいくわんにん》の中《なか》へでも曳《ひ》き込《こ》むやうな事《こと》があつて、怪我《けが》でもさせると大変《たいへん》だと思つて今から心配でございます、モウ明日《みやうにち》になりました……夫《それ》に私《わたし》の名が貴方《あなた》、どうも蓮華班《れんげまだら》といふのでげすからな、おまけに夢《ゆめ》の浮橋《うきはし》を渡《わた》るといふので替牛《かへうし》がお前《まへ》さん、位牌班《ゐはいまだら》といふので名が一|体《たい》に訝《おか》しうございます、私《わたし》もモウ明日《みやうにち》役《やく》に立てば宜《よ》うございますが、今晩《こんばん》にもヒヨツと生者必滅《しやうじやひつめつ》でございますから……。「然《そ》んな気の弱い事をいつちやア行《い》けません、お加減《かげん》が悪ければ、明日《みやうにち》は御大役《ごたいやく》の事ですから早く牛の角文字《つのもじ》にでも見せたら宜しうございませう…。牛《うし》の角文字《つのもじ》といふ
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