匙《さじ》を手に取らないという人物でございますれば、大概のお医者なれば、一寸《ちょっと》紙入《かみいれ》の中にもお丸薬《がんやく》か散薬《こぐすり》でも這入《はい》っていますが、此の志丈の紙入の中には手品の種や百眼《ひゃくまなこ》などが入れてある位なものでございます。さて此の医者の知己《ちかづき》で、根津《ねづ》の清水谷《しみずだに》に田畑《でんぱた》や貸長屋を持ち、その上《あが》りで生計《くらし》を立てゝいる浪人の、萩原新三郎《はぎわらしんざぶろう》と申します者が有りまして、生《うま》れつき美男《びなん》で、年は二十一歳なれどもまだ妻をも娶《めと》らず、独身で暮す鰥《やもお》に似ず、極《ごく》内気でございますから、外出《そとで》も致さず閉籠《とじこも》り、鬱々《うつ/\》と書見《しょけん》のみして居ります処《ところ》へ、或日《あるひ》志丈が尋ねて参り、
志「今日は天気も宜《よろ》しければ亀井戸の臥竜梅《がりょうばい》へ出掛け、その帰るさに僕の知己《ちかづき》飯島平左衞門の別荘へ立寄りましょう、いえサ君は一体内気で入らっしゃるから婦女子にお心掛けなさいませんが、男子に取っては婦女子位|
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