下郎を慰めながら泰然として、呆気《あっけ》に取られたる藤新の亭主を呼び、
侍「こりゃ御亭主や、此の刀はこれ程切れようとも思いませんだったが、なか/\斬れますな、余程|能《よ》く斬れる」
 といえば亭主は慄《ふる》えながら、
亭「いや貴方様《あなたさま》のお手が冴《さ》えているからでございます」
侍「いや/\全く刃物がよい、どうじゃな、七両二分に負けても宜《よ》かろうな」
 と云えば藤新は係合《かゝりあい》を恐れ、
「宜しゅうございます」
侍「いやお前の店には決して迷惑は掛けません、兎に角此の事を直《す》ぐに自身番に届けなければならん、名刺《なふだ》を書くから一寸《ちょっと》硯箱《すゞりばこ》を貸して呉れろ」
 と云われても、亭主は己《おの》れの傍《そば》に硯箱のあるのも眼に入《い》らず、慄《ふる》え声《ごえ》にて、
「小僧や硯箱を持って来い」
 と呼べど、家内《かない》の者は先《さ》きの騒ぎに何《いず》れへか逃げてしまい、一人も居りませんから、寂然《ひっそり》として返事がなければ、
侍「御亭主、お前は流石《さすが》に御渡世柄《ごとせいがら》だけあって此の店を一寸《ちょっと》も動かず、自
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