り》で先へ帰る訳には出来まいか」
國「それは訳なく出来ますとも、私《わたくし》が殿様に用がありますから先へ帰して下さいましといえば、屹度《きっと》先へ帰して下さるに違いはありませんから、大曲《おおまが》りあたりで待伏《まちぶ》せて彼奴《あいつ》をぽか/\お擲《なぐ》りなさい」
大声を出して、
國「誠におそう/\様で、左様なら」
源次郎は屋敷に帰ると直《すぐ》に男部屋へ参ると、相助は少し愚者《おろかもの》で、鼻歌でデロレンなどを唄っている所へ源次郎が来て、
源「相助、大層精が出るのう」
相「オヤ御二男《ごじなん》様、誠に日々お熱い事でございます、当年は別してお熱いことで」
源「熱いのう、其方《そち》は感心な奴だと常々兄上も褒《ほ》めていらっしゃる、主用《しゅよう》がなければ自用《じよう》を足し、少しも身体に隙《すき》のない男だと仰しゃっている、それに手前は国に別段|親族《みより》もない事だから、当家が里になり、大した所ではないが相応な侍の家《うち》へ養子にやる積りだよ」
相「恐れ入ります、何《なん》ともはや誠にどうも恐れ入りますなア、殿様と申し貴方《あなた》と申し、不束《ふつゝか》な私《わたくし》をそれ程までに、これははや口ではお礼が述べきれましねえ、何ともヘイ分らなく有難うございます、それだが武士に成るにゃア私もいろはのいの字も知んねえもんだから誠に困るんで」
源「実は貴様も知っている水道端の相川のう、彼処《あすこ》にお徳という十八ばかりの娘があるだろう、貴様を彼処の養子に世話をしてやろうと兄上が仰しゃった」
相「これははやモウどうも、本当でごぜえますか、はやどうも、あのくれえなお嬢様は世間にはないと思います、頬辺《ほうぺた》などはぽっとして尻などがちま/\として、あのくれえな美《い》いお嬢様はたんとはありましねえ」
源「向うは高《たか》が寡《すけ》ないから、若党でも何《なん》でもよいから、堅い者なればというのだから、手前なれば極《ごく》よかろうとあらまし相談が整った所が、隣の草履取の孝助めが胡麻をすった為に、縁談が破談となってしまった、孝助が相川の男部屋へ行ってあの相助はいけない奴で、大酒飲《おおざけのみ》で、酒を飲むと前後を失ない、主人の見さかいもなく頭をぶち、女郎は買い、博奕《ばくち》は打ち、其の上|盗人《ぬすっと》根性があると云ったもんだから、相川も厭気《いやき》になり、話が縺《もつ》れて、今度は到頭《とうとう》孝助が相川の養子になる事に極《きま》り、今日結納の取交《とりかわ》せだとよ、向うでは草履取でさえ欲しがるところだから、手前なれば真鍮《しんちゅう》でも二本さす身だから、きっと宜《よ》かったに違いはない、孝助は憎い奴だ」
相「なんですと、孝助が養子になると、憎《にッ》こい奴でごじいます、人の恋路《こいじ》の邪魔をすればッて、私《わたくし》が盗人根性があって、お負けに御主人の頭を打《にや》すと、何時《いつ》私が御主人の頭を打しました」
源「己《おれ》に理窟を云っても仕方がない」
相「残念、腹が立ちますよ、憎《にッ》こい孝助だ。只《たゞ》置きましねえ」
源「喧嘩しろ/\」
相「喧嘩しては叶《かな》いましねえ、彼奴《あいつ》は剣術《きんじゅつ》が免許《みんきょ》だから剣術は迚《とて》も及びましねえ」
源「それじゃア田中《たなか》の中間《ちゅうげん》の喧嘩の龜藏《かめぞう》という奴で、身体中|疵《きず》だらけの奴がいるだろう、彼《あれ》と藤田《ふじた》の時藏《ときぞう》と両人《ふたり》に鼻薬をやって頼み、貴様と三人で、明日《あした》孝助が相川の屋敷から一人で出て来る所を、大曲りで打殺《ぶちころ》しても構わないから、ぽか/\擲《なぐ》りにして川へ投《ほう》りこめ」
相「殺すのは可愛相《かわいそう》だが、打《にや》してやりてえなア、だが喧嘩をした事が知れゝば何《ど》うなりますか」
源「そうさ、喧嘩をした事が知れゝば、己《おれ》が兄上にそう云うと、兄上は屹度《きっと》不届《ふとゞき》な奴、相助を暇《いとま》にしてしまうと仰しゃってお暇に成るだろう」
相「お暇に成っては詰《つま》りましねえ、止《よ》しましょう」
源「だがのう、此方《こちら》で貴様に暇を出せば、隣でも義理だから孝助に暇を出すに違いない、彼奴《あいつ》が暇になれば相川でも孝助は里がないから養子に貰う気遣《きづか》いはない、其の内此方では手前を先へ呼返《よびかえ》して相川へ養子にやる積《つもり》だ」
相「誠にお前様《めえさま》、御親切が恐れ入り奉ります」
というから、源次郎は懐中より金子《きんす》若干《いくらか》を取出し、
源「金子をやるから龜藏たちと一杯呑んでくれ」
相「これははや金子《けんす》まで、これ戴いてはすみましねえ、折角の思召《おぼしめ》しだから頂戴
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