ょうせき》和尚様へ上げて下さいまし」
と、差出すと、良石和尚は白翁堂とは別ならぬ間柄ゆえ、手紙を見て直《すぐ》に萩原を居間へ通せば、和尚は木綿の座蒲団に白衣《はくえ》を着て、其の上に茶色の衣《ころも》を着て、当年五十一歳の名僧、寂寞《じゃくまく》としてちゃんと坐り、中々に道徳いや高く、念仏三昧という有様《ありさま》で、新三郎は自然《ひとりで》に頭が下《さが》る。
良「はい、お前が萩原新三郎さんか」
新「へえ粗忽《そこつ》の浪士萩原新三郎と申します、白翁堂の書面の通り、何《なん》の因果か死霊に悩まされ難渋《なんじゅう》を致しますが、貴僧の御法《ごほう》を以《もっ》て死霊を退散するようにお願い申します」
良「此方《こちら》へ来なさい、お前に死相が出たという書面だが、見てやるから此方へ来なさい、成程死ぬなア近々《きん/\》に死ぬ」
新「何《ど》うかして死なゝいように願います」
良「お前さんの因縁は深しい訳のある因縁じゃが、それをいうても本当にはせまいが、何しろ口惜《くやし》くて祟《たゝ》る幽霊ではなく、只《たゞ》恋しい/\と思う幽霊で、三|世《せ》も四世も前から、ある女がお前を思うて生きかわり死にかわり、容《かたち》は種々《いろ/\》に変えて附纒《つきまと》うて居《い》るゆえ、遁《のが》れ難《がた》い悪因縁があり、どうしても遁れられないが、死霊|除《よけ》のために海音如来《かいおんにょらい》という大切の守りを貸してやる、其の内に折角|施餓鬼《せがき》をしてやろうが、其のお守《まもり》は金無垢《きんむく》じゃに依《よ》って人に見せると盗まれるよ、丈《たけ》は四寸二分で目方も余程あるから、慾の深い奴は潰《つぶ》しにしても余程の値《ねうち》だから盗むかも知れない、厨子《ずし》ごと貸すにより胴巻《どうまき》に入れて置くか、身体に脊負《せお》うておきな、それから又こゝにある雨宝陀羅尼経《うほうだらにぎょう》というお経をやるから読誦《どくじゅ》しなさい、此の経は宝を雨ふらすと云うお経で、是を読誦すれば宝が雨のように降るので、慾張《よくばっ》たようだが決してそうじゃない、是を信心すれば海の音という如来さまが降って来るというのじゃ、この経は妙月長者《みょうげつちょうじゃ》という人が、貧乏人に金を施《ほどこ》して悪い病の流行《はや》る時に救ってやりたいと思ったが、宝がないから仏の力を以《もっ》て金を貸してくれろと云った所が、釋迦《しゃか》がそれは誠に心懸《こゝろがけ》の尊《とうと》い事じゃと云って貸したのが即《すなわ》ちこのお経じゃ、又|御札《おふだ》をやるから方々《ほう/″\》へ貼《は》って置いて、幽霊の入《はい》り所《どころ》のないようにして、そしてこのお経を読みなさい」
と親切の言葉に萩原は有がたく礼を述べて立帰《たちかえ》り、白翁堂に其の事を話し、それから白翁堂も手伝って其の御札を家《うち》の四方八方へ貼り、萩原は蚊帳《かや》を吊って其の中へ入り、彼《か》の陀羅尼経を読もうとしたが中々読めない。曩謨婆※[#「言+我」、第4水準2−88−62]※[#「口+(糸+溥のつくり)」、第3水準1−15−28]帝※[#「口+(糸+溥のつくり)」、第3水準1−15−28]※[#「口+羅」、第3水準1−15−31]駄※[#「口+羅」、第3水準1−15−31]《のうぼばぎゃばていばざらだら》、婆※[#「言+我」、第4水準2−88−62]※[#「口+羅」、第3水準1−15−31]捏具灑耶《さぎゃらにりぐしゃや》、怛陀※[#「薛/子」、第3水準1−47−55]多野《たゝぎゃたや》、怛※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]也陀※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]素噌閉《たにやたおんそろべい》、跋捺※[#「口+羅」、第3水準1−15−31]※[#「口+(糸+溥のつくり)」、第3水準1−15−28]底《ばんだらばち》。※[#「目+(離れたくさかんむり/(罘−不)/冖/目)」、74−2]※[#「言+我」、第4水準2−88−62]※[#「口+「隸」の「木」に代えて「ヒ」、74−2]阿左※[#「口+「隸」の「木」に代えて「ヒ」、74−2]阿左跛※[#「口+「隸」の「木」に代えて「ヒ」74−2]《ぼうぎゃれいあしゃれいあしゃにれい》。何《なん》だか外国人の譫語《うわごと》の様で訳がわからない。其の中《うち》上野の夜《よ》の八ツの鐘《かね》がボーンと忍《しのぶ》ヶ|岡《おか》の池に響き、向《むこう》ヶ|岡《おか》の清水の流れる音がそよ/\と聞え、山に当る秋風の音ばかりで、陰々寂寞《いん/\せきばく》世間がしんとすると、いつもに変らず根津《ねづ》の清水の下《もと》から駒下駄《こまげた》の音高くカランコロン/\とするから、新三郎は心のうちで、ソラ来たと小さくかたまり
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