、外《ほか》に唯《たゞ》一つの見所《みどころ》がありますからと斯《こ》ういいますから、何処《どこ》に見所があると聞きますと、あのお忠義が見所でございます、主《しゅう》へ忠義のお方は、親にも孝行でございましょうねえ、といいましたから、それは親に孝なるものは主へ忠義、主へ忠なるものは親へは必ず孝なるものだといいますと、娘が私《わたくし》の家《うち》はお高《たか》は僅《わず》か百俵二|人扶持《にんふち》ですから、他家《ほか》から御養子をしてお父さまが御隠居をなさいましても、もし其の御養子が心の良くない人でも来た其の時は、此方《こちら》の高が少ないから、私の肩身が狭く、遂《つい》にはそれがために私までが、倶《とも》にお父さまを不孝にするように成っては済みません、私も只今まで御恩を受けましたにより何《ど》うか不孝をしたくない、就《つ》きましては仮令《たとい》草履取でも家来でも志の正しい人を養子にして、夫婦諸共親に孝行を尽《つく》したいと思いまして、孝助殿を見染め、寝ても覚めても諦められず、遂に病となりまして誠に相済みません、と涙を流して申しますから、私も至極《しごく》尤《もっと》もの様にも聞えますから、兎に角お願いに出て、殿様から孝助殿を申受けて来ようと云って参りましたが、どうかあの孝助殿を手前の養子に下さるように願います」
飯「それはまア有難いこと、差上げたいね」
相「ナニ下さる、あゝ有難かった」
飯「だが一応当人へ申聞《もうしき》けましょう、嘸《さぞ》悦ぶ事で、孝助が得心の上で確《しか》と御返事を申上げましょう」
相「孝助殿は宜《よろ》しい、貴方《あなた》さえ諾《うん》と仰しゃって下さればそれで宜しい」
飯「私が養子に参るのではありませんから、そうはいかない」
相「孝助殿はいやと云う気遣《きづか》いは決してありません、唯《たゞ》殿様から孝助行ってやれとお声掛りを願います、あれは忠義ものだから、殿様のお言葉は背《そむ》きません、私《わたくし》も当年五十五歳で、娘は十八になりましたから早く養子をして身体を固めてやりたい、殿様どうか願います」
飯「宜しい、差上げましょう、御胡乱《ごうろん》に思召《おぼしめ》すならば金打《きんちょう》でも致そうかね」
相「そのお言葉ばかりで沢山、有難うございます、早速娘に申し聞けましたら、嘸《さぞ》悦ぶ事でしょう、これがね殿様が孝助に一応申し聞けて返事をするなどと仰しゃると、又娘が心配して、仮令《たとい》殿様が下さる気でも孝助殿が何《ど》うだかなどゝ申しましょうが、そうはっきり事が定《きま》れば、娘は嬉しがって飯の五六杯位も食べられ、一|足飛《そくとび》に病気も全快致しましょう、善は急げの譬《たとえ》で、明日《みょうにち》御番帰《ごばんがえ》りに結納《ゆいのう》の取りかわせを致しとう存じますから、どうか孝助殿をお供に連れてお出で下さい、娘にも一寸《ちょっと》逢わせたい」
飯「まア一献《いっこん》差上げるから」
と云っても相川は大喜びで、汗をダク/\流し、早く娘に此の事を聞かせとうございますから、今日はお暇《いとま》を申しましょうと云いながら、帰ろうとして、
「アイタ、柱に頭をぶっつけた」
飯「そゝっかしいから誰《たれ》か見て上げな」
飯島平左衞門も心嬉しく、鼻|高々《たか/″\》と、
飯「孝助を呼べ」
國「孝助は不快で引いて居ります」
飯「不快でも宜しい、一寸《ちょっと》呼んでまいれ」
國「お竹どん/\、孝助を一寸呼んでおくれ、殿様が御用がありますと」
竹「孝助どん/\、殿様が召しますよ」
孝「へい/\只今|上《あが》ります」
と云ったが、額の疵《きず》があるから出られません。けれども忠義の人ゆえ、殿様の御用と聞いて額の疵も打忘《うちわす》れて出て参りました。
飯「孝助|此処《こゝ》へ来い/\、皆あちらへ参れ、誰《たれ》もまいる事はならんぞ」
孝「大分《だいぶ》お熱うございます、殿さまは毎日の御番疲れもありは致すまいかと心配をいたして居ります」
飯「其方《そち》は加減がわるいと云って引籠《ひきこも》っているそうだが、どうじゃナ、手前に少し話したいことがあって呼んだのだ、外《ほか》の事でもないが、水道端《すいどうばた》の相川におとくという今年十八になる娘があるナ、器量も人並に勝《すぐ》れ殊《こと》に孝行もので、あれが手前の忠義の志に感服したと見えて、手前を思い詰め、煩《わずら》っているくらいな訳で、是非手前を養子にしたいとの頼みだから行ってやれ」
と孝助の顔を見ると、額に傷があるから、
飯「孝助どう致した、額の疵《きず》は」
孝「へい/\」
飯「喧嘩《けんか》でもしたか、不埓《ふらち》な奴だ、出世前の大事の身体、殊に面体《めんてい》に疵を受けているではないか、私《わたくし》の遺恨《いこん》で身体に疵を
前へ
次へ
全77ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング