かも知れん、いつもながら粗忽《そゝっ》かしい爺さんだよ、まア此方《こちら》へ通せ」
と云っていると相川は
「ハイ御免下さい」
と遠慮もなく案内も乞わず、ズカ/\奥へ通り、
相「殿様お帰りあそばせ、御機嫌さま、誠に存外の御無沙汰を致しました、何時《いつ》も相変らず御番疲《ごばんづか》れもなく、日々《にち/\》御苦労さまにぞんじます、厳しい残暑でございます」
飯「誠に熱い事で、おとくさまの御病気は如何《いかゞ》でござるな」
相「娘の病気もいろ/\と心配も致しましたが、何分にも捗々《はか/″\》しく参りませんで、それに就《つい》て誠にどうも……アヽ熱い、お國さま先達《せんだっ》ては誠に御馳走様に相成《あいな》りまして有難う、まだお礼もろく/\申上げませんで、へえ、アヽ熱い、誠に熱い、どうも熱い」
飯「まア少し落着《おちつ》けば風が這入《はい》って随分凉しくなります」
相「折入《おりい》って殿様にお願いの事がございまして、罷出《まかりいで》ました、何《ど》うかお聞済《きゝずみ》を願います」
飯「はてナ、どういう事で」
相「お國様やなにかには少々お話が出来兼《できかね》ますから、どうか御近習《ごきんじゅ》の方々を皆遠ざけて戴きとう存じます」
飯「左様か宜《よろ》しい、皆あちらへ参り、此方《こちら》へ参らん様にするが宜しい、シテ何《ど》ういうことで」
相「さて殿様、今日|態々《わざ/\》出ましたは折入って殿様にお願い申したいは娘の病気の事に就《つい》て出ましたが、御存じの通り彼《か》れの病気も永い事で、私《わたくし》も種々《いろ/\》と心配いたしましたけれども、病の様子が判然《はっきり》と解りませんでしたが、よう/\ナ昨晩当人が私《わたくし》の病は実は是々《これ/\》の訳だと申しましたから、なぜ早く云わん、けしからん奴だ、不孝ものであると小言は申しましたが、彼《あ》れは七歳の時母に別れ今年十八まで男の手に丹誠して育てましたにより、あの通りの初心《うぶ》な奴で何もかも知らん奴だから、そこが親馬鹿の譬《たとえ》の通りですが、殿様訳をお話し申してもお笑い下さるな、お蔑《さげす》み下さるな」
飯「どういう御病気で」
相「手前一人の娘でございますから、早くナ婿《むこ》でも貰い、楽隠居がしたいと思い、日頃信心|気《け》のない私《わたくし》なれども、娘の病気を治そうと思い、夏とは云いながら此の老人が水をあびて神仏《かみほとけ》へ祈るくらいな訳で、ところが昨夜娘のいうには、私《わたくし》の病気は実は是々《これ/\》といいましたが、其の事は乳母《おんば》にも云われないくらいな訳ですが、其処《そこ》が親馬鹿の譬《たとえ》の通り、お蔑《さげす》み下さるな」
飯「どういう御病気ですな」
相「私《わたくし》もだん/\と心配をいたして、どうか治してやりたいと心得、いろ/\医者にも掛けましたが、知れない訳で、是ばかりは神にも仏にも仕ようがないので、なぜ早く云わんと申しました」
飯「どういう訳で」
相「誠に申しにくい訳で、お笑い成さるな」
飯「何《なん》だかさっぱりと訳が解りませんね」
相「実は殿様が日頃お誉《ほ》めなさる此方《こちら》の孝助殿、あれは忠義な者で、以前は然《しか》るべき侍の胤《たね》でござろう、今は零落《おちぶれ》て草履取をしていても、志《こゝろざし》は親孝行のものだ、可愛《かわい》いものだと殿様がお誉めなされ、あれには兄弟も親族《みより》もない者だから、行々《ゆく/\》は己《おれ》が里方《さとかた》に成って他《ほか》へ養子にやり、相応な侍にしてやろうと仰しゃいますから、私《わたくし》も折々《おり/\》は宅《うち》の家来|善藏《ぜんぞう》などに、飯島様の孝助殿を見習えと叱り付けますものだから、台所のおさんまでが孝助さんは男振《おとこぶり》もよし人柄もよし、優しいと誉め、乳母《おんば》までが彼是《かれこれ》と誉めはやすものだから、娘も、殿様お笑い下さるな、私は汗の出るほど耻入《はじい》ります、実は疾《と》くより娘があの孝助殿を見染《みそ》め、恋煩《こいわずら》いをして居ります、誠に面目《めんぼく》ない、それをサ婆《ばゞ》アにもいわないで、漸《ようや》く昨夜になって申しましたから、なぜ早く云わん、一|合《ごう》取っても武士の娘という事が浄瑠璃本《じょうるりぼん》にもあるではないか、侍の娘が男を見染めて恋煩いをするなどとは不孝ものめ、仮令《たとい》一人の娘でも手打にする処《ところ》だが、併《しか》し紺看板《こんかんばん》に真鍮巻《しんちゅうまき》の木刀を差した見る影もない者に惚れたというのは、孝助殿の男振の好《い》いのに惚れたか、又は姿の好いのに惚れ込んだかと難じてやりました、そうすると娘がお父《とっ》さま実は孝助殿の男振にも姿にも惚れたのではございません
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