わたくし》が十一の時に、お前のお父さんはこれ/\で死んだと話して呉れました故、私も仮令《たとえ》今は町人に成ってはいますものゝ、元は武家の子ですから、成人の後《のち》は必ずお父様の仇《あだ》を報いたいと思い詰め、屋敷奉公をして剣術を覚えたいと思っていましたに、縁有って昨年の三月五日、牛込軽子坂に住む飯島平左衞門とおっしゃる、お広敷番《ひろしきばん》の頭をお勤めになる旗下屋敷に奉公|住《ずみ》を致した所、其の主人が私をば我子《わがこ》のように可愛がってくれましたゆえ、私も身の上を明《あか》し、親の敵《かたき》が討ちたいから、何《ど》うか剣術を教えて下さいと頼みましたれば、殿様は御番疲れのお厭《いと》いもなく、夜《よ》までかけて御剣術を仕込んで下されました故、思いがけなく免許を取るまでになりました」
りゑ「おやそう、フウンー」
孝「すると其の家《うち》にお國と申す召使がありました、これは水道端の三宅のお嬢様が殿様へ御縁組になる時に、奥様に附いて来た女でございますが、其の後《ご》奥様がお逝《かく》れになりましたものですから、此のお國にお手がつき、お妾となりました所、隣家《となり》の旗下《はたもと》の次男宮野邊源次郎と不義を働き、内々《ない/\》主人を殺そうと謀《たく》みましたが、主人は素《もと》より手者《てしゃ》の事|故《ゆえ》、容易に殺すことは出来ないから、中川へ網船《あみぶね》に誘い出し、船の上から突落《つきおと》して殺そうという事を私《わたくし》が立聞しましたゆえ、源次郎お國をひそかに殺し、自分は割腹しても何うか恩ある御主人を助けたいと思い、昨年の八月三日の晩に私が槍を持って庭先へ忍び込み、源次郎と心得|突懸《つッか》けたは間違いで、主人平左衞門の肋《あばら》を深く突きました」
りゑ「おやまアとんだ事をおしだねえ」
孝「サア私《わたくし》も驚いて気が狂うばかりに成りますと、主人は庭へ下りて来て、ひそ/\と私への懴悔話《ざんげばなし》に、今より十八年前の事、貴様の親父《おやじ》を手に掛けたは此の平左衞門が未《ま》だ部屋住にて、平太郎と申した昔の事、どうか其の方の親の敵と名告《なの》り、貴様の手に掛りて討たれたいとは思えども、主殺《しゅうころ》しの罪に落すを不便《ふびん》に思い、今日までは打過ぎたが、今日こそ好《よ》い折からなれば、斯《か》くわざと源次郎の態《なり》をして貴様の手にかゝり、猶《なお》委細の事は此の書置に認《したゝ》め置いたれば、跡の始末は養父相川新五兵衞と共に相談せよ、貴様はこれにて怨《うらみ》を晴してくれ、然《しか》る上は仇《あだ》は仇恩は恩、三|世《せ》も変らぬ主従《しゅうじゅう》と心得、飯島の家《いえ》を再興してくれろ、急いで行《ゆ》けと急《せ》き立てられ、養家先なる水道端の相川新五兵衞の宅へ参り、舅と共に書置を開いて見れば、主人は私を出した後《あと》にて直《す》ぐに客間《きゃくのま》へ忍び入り源次郎と槍試合をして、源次郎の手に掛り、最後をすると認めてありました書置の通りに、遂《つい》に主人は其の晩|果敢《はか》なくおなりなされました、又源次郎お國は必ず越後の村上へ立越すべしとの遺書にありますから、主《しゅう》の仇を報わん為《た》め、養父相川とも申し合せ、跡を追いかけて出立致し、越後へ参り、諸方を尋ねましたが一向に見当らず、又あなたの事もお尋ね申しましたが、これも分りません故、余儀なく此の度《たび》主人の年囘をせん為めに当地へ帰りました所、不図《ふと》今日御面会を致しますとは不思議な事でございます」
と聞いて驚き小声に成り、
りゑ「おやマア不思議な事じゃアないか、あの源次郎とお國は私の宅《うち》にかくまってありますよ、どうもまア何《なん》たる悪縁だろう、不思議だねえ、私が廿六の時黒川の家《うち》を離縁になって国へ帰り、村上に居ると、兄が頻《しき》りに再縁しろとすゝめ、不思議な縁でお出入の町人で荒物の御用を達《た》す樋口屋《ひのくちや》五|兵衞《へえ》と云うものゝ所へ縁付くと、そこに十三になる五郎三郎《ごろさぶろう》という男の子と、八ツになるお國という女の子がありまして、其のお國は年は行《い》かぬが意地の悪いとも性《しょう》の悪い奴で、夫婦の合中《あいなか》を突《つッ》ついて仕様がないから、十一の歳《とし》江戸の屋敷奉公にやった先は、水道端の三宅という旗下でな、其の後《ご》奥様|附《づき》で牛込の方へ行ったとばかりで後《あと》は手紙一本も寄越さぬくらい、実に酷《ひど》い奴で、夫五兵衞が亡くなった時も訃音《しらせ》を出したに帰りもせず、返事もよこさぬ不孝もの、兄の五郎三郎も大層に腹を立っていましたが、其の後《ご》私共は仔細有って越後を引払い、宇都宮の杉原町《すぎはらまち》に来て、五郎三郎の名前で荒物屋の店を開い
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