て、最早七年居ますが、つい先達《せんだっ》てお國が源次郎と云う人を連れて来ていうのには、私が牛込の或るお屋敷へ奥様附で行った所が、若気の至りに源次郎様と不義|私通《いたずら》ゆえに此のお方は御勘当となり、私《わたくし》故に今は路頭に迷う身の上だから、誠に済まない事だが匿《かく》まってくれろと云って、そんな人を殺した事なんぞは何とも云わないから、源次郎への義理に今は宇都宮の私の内にいるよ、私は此の間五郎三郎から小遣《こづかい》を貰い、江戸見物に出掛けて来て、未だこちらへ着いて間も無くお前に巡り逢って、此の事が知れるとは何たら事だねえ」
孝「ではお國源次郎は宇都宮に居りますか、つい鼻の先に居ることも知らないで、越後の方から能登へかけ尋ねあぐんで帰ったとは、誠に残念な事でございますから、どうぞお母様がお手引をして下すって、仇を討ち、主人の家の立行《たちゆ》くように致したいものでございます」
りゑ「それは手引をして上げようともサ、そんなら私は直《すぐ》にこれから宇都宮へ帰るから、お前は一緒にお出《い》で、だがこゝに一つ困った事があると云うものは、あの供がいるから、是《こ》れを聞き付け喋られると、お國源次郎を取逃がすような事になろうも知れぬから、こうと……」
思案して、
「私は明日《あす》の朝供を連れて出立するから、今日のようにお前が見え隠れに跡を追って来て、休む所も泊る所も一つ所にして、互に口をきかず、知らない者の様にして置いて、宇都宮の杉原町へ往ったら供を先へ遣《や》って置いて、そうして両人で相図《あいず》を諜《しめ》し合《あわ》したら宜《よ》かろうね」
孝「お母様有り難う存じます、それでは何うかそういう手筈《てはず》に願いとう存じます、私《わたくし》はこれより直《すぐ》に宅《たく》へ帰って、舅へ此の事を聞かせたなら何《ど》のように悦びましょう、左様なら明朝早く参って、此の家《うち》の門口に立って居りましょう、それからお母様先刻つい申上げ残しましたが、私は相川新五兵衞と申す者の方《かた》へ主人の媒妁《なかだち》で養子にまいり、男の子が出来ました、貴方様には初孫の事故お見せ申したいが、此の度《たび》はお取急ぎでございますから、何《いず》れ本懐を遂げた後《あと》の事にいたしましょう」
りゑ「おやそうかえ、それは何《な》にしても目出度い事です、私も早く初孫の顔が見たいよ、それに就《つ》いても、何《ど》うか首尾よくお國と源次郎をお前に討たせたいものだのう、これから宇都宮へ行《ゆ》けば私がよき手引をして、屹度《きっと》両人を討たせるから」
と互に言葉を誓い孝助は暇《いとま》を告げて急いで水道端へ立帰りました。
相「おや孝助殿、大層早くお帰りだ、いろ/\お買物が有ったろうね」
孝「いえ何も買いません」
相「なんの事だ、何も買わずに来た、そんなら何か用でも出来たかえ」
孝「お父様《とっさま》どうも不思議な事がありました」
相「ハヽ随分世間には不思議な事も有るものでねえ、何か両国の川の上に黒気《こくき》でも立ったのか」
孝「左ようではございませんが、昨日良石和尚が教えて下さいました人相見の所へ参りました」
相「成程行ったかえ、そうかえ、名人だとなア、お前の身の上の判断は旨く当ったかえ/\」
孝「へい、良石和尚が申した通り、私《わたくし》の身の上は剣《つるぎ》の上を渡る様なもので、進むに利あり退くに利《さ》あらずと申しまして、良石和尚の言葉と聊《いさゝ》か違いはござりません」
相「違いませんか、成程智識と同じ事だ、それから、へえそれから何《なん》の事を見て貰ったか」
孝「それから私《わたくし》が本意を遂げられましょうかと聞くと、本意を遂げるは遠からぬうちだが、遁《のが》れ難《がた》い剣難が有ると申しました」
相「へえ剣難が有ると云いましたか、それは極《ごく》心配になる、又昨日のような事があると大変だからねえ、其の剣難は何《ど》うかして遁れるような御祈祷でもしてやると云ったか」
孝「いえ左ような事は申しませんが、貴方《あなた》も御存じの通り私《わたくし》が四歳の時別れました母に逢えましょうか、逢えますまいかと聞くと、白翁堂は逢っていると申しますから、幼年の時に別れたる故、途中で逢っても知れない位だと申しても、何《なん》でも逢っていると申し遂《つい》に争いになりました」
相「ハアそこの所は少し下手糞だ、併《しか》し当るも八卦《はッけ》当らぬも八卦、そう身の上も何もかも当りはしまいが、強情を張ってごまかそうと思ったのだろうが、其所《そこ》の所は下手糞だ、なんとか云ってやりましたか、下手糞とか何とか」
孝「すると後《あと》から一人四十三四の女が参りまして、これも尋ねる者に逢えるか逢えないかと尋ねると、白翁堂は同じく逢っているというものだから、其の女はなに
前へ
次へ
全77ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング