らつき》の魚を三品ばかりに、それからよいお菓子を少し取ってくるように、道中には余り旨いお菓子はないから、それから鮓《すし》も道中では良いのは食べられないから、鮓も少し取ってくるように、それから孝助殿は酒はあがらんから五合ばかりにして、味淋《みりん》のごく良いのを飲むのだから二合ばかり、それから蕎麦《そば》も道中にはあるが、醤油《したじ》が悪いから良い蕎麦の御膳の蒸籠《せいろう》を取って参れ、それからお汁粉も誂《あつ》らえてまいれ」
と種々《いろ/\》な物を取寄せ、其の晩はめでたく祝しまして床に就《つ》きましたが、其の夜《よ》は話も尽きやらず、長き夜も忽《たちま》ち明ける事になり、翌日刻限を計り、孝助は新五兵衞と同道にて水道端を[#「水道端を」は底本では「水道橋を」]立出《たちい》で切支丹坂《きりしたんざか》から小石川にかゝり、白山《はくさん》から団子坂《だんござか》を下《お》りて谷中の新幡随院へ参り、玄関へかゝると、お寺には疾《と》うより孝助の来るのを待っていて、
良「施主が遅くって誠に困るなア、坊主は皆《みんな》本堂に詰懸《つめか》けているから、さア/\早く」
と急《せ》き立てられ、急ぎ本堂へ直りますると、かれこれ坊主の四五十人も押並《おしなら》び、いと懇《ねんごろ》なる法事供養をいたし、施餓鬼《せがき》をいたしまする内に、もはや日は西山《せいざん》に傾く事になりましたゆえ、坊様達《ぼうさんたち》には馳走なぞして帰してしまい、後《あと》で又孝助、新五兵衞、良石和尚の三人へは別に膳がなおり、和尚の居間で一口飲むことになりました。
相「方丈様には初めてお目にかゝります、私《わたくし》は相川新五兵衞と申す粗忽な者でございます、今日《こんにち》又|御懇《ごねんごろ》な法事供養を成しくだされ、仏も嘸《さぞ》かし草葉の蔭から満足な事でございましょう」
良「はいお前は孝助殿の舅御《しゅうとご》かえ、初めまして、孝助殿は器量と云い人柄と云い立派な正しい人じゃ、中々正直な人間で余程|怜悧《りこう》じゃが、お前はそゝっかしそうな人じゃ」
相「方丈様はよく御存じ、気味のわるいようなお方だ」
良「就《つ》いては、孝助殿は旅へ行《ゆ》かれる事を承わったが、未《ま》だ急には立ちはせまいのう、私が少し思う事があるから、明日《あす》昼飯《ひるめし》を喰って、それから八《や》ツ前後に神田の旅籠町《はたごちょう》へ行《ゆ》きなさい、其処《そこ》に白翁堂勇齋という人相を見る親爺《おやじ》がいるが、今年はもう七十だが達者な老人でなア、人相は余程名人だよ、是《こ》れに頼めばお前の望みの事は分ろうから往《い》って見なさい」
孝「はい、有り難う存じます、神田の旅籠町でございますか、畏《かしこま》りました」
良「お前旅へ行《ゆ》くなれば私が餞別を進ぜよう、お前が折角呉れた布施は此方《こちら》へ貰って置くが、又私が五両餞別に進ぜよう、それから此の線香は外《ほか》から貰ってあるから一箱進ぜよう仏壇へ線香や花の絶えんように上げて置きなさい、是れだけは私が志じゃ」
相「方丈様恐れ入りまする、何《ど》うも御出家様からお線香なぞ戴いては誠にあべこべな事で」
良「そんな事を云わずに取って置きなさい」
孝「誠に有り難う存じます」
良「孝助殿気の毒だが、お前はどうも危い身の上でナア、剣《つるぎ》の上を渡るようなれども、それを恐れて後《あと》へ退《さが》るような事ではまさかの時の役には立たん、何《なん》でも進むより外《ほか》はない、進むに利あり退《しりぞ》くに利あらずと云うところだから、何でも憶《おく》してはならん、ずっと精神を凝《こら》して、仮令《たとえ》向うに鉄門があろうとも、それを突切《つッき》って通り越す心がなければなりませんぞ」
孝「有難うござりまする」
良「お舅御さん、これはねえ精進物だが、一体内で拵《こしら》えると云うたは嘘だが、仕出し屋へ頼んだのじゃ、甘《うも》うもあるまいが此の重箱へ詰めて置いたから、二重とも土産に持って帰り、内の奉公人にでも喰わしてやってください」
相「これは又お土産まで戴き、実に何ともお礼の申そうようはございません」
良「孝助殿、お前帰りがけに屹度《きっと》剣難が見えるが、どうも遁《のが》れ難いから其の積りで行《ゆ》きなさい」
相「誰に剣難がございますと」
良「孝助殿はどうも遁れ難い剣難じゃ、なに軽くて軽傷《うすで》、それで済めば宜しいが、何うも深傷《ふかで》じゃろう、間が悪いと斬り殺されるという訳じゃ、どうもこれは遁れられん因縁じゃ」
相「私《わたくし》は最早五十五歳になりまするから、どう成っても宜しいが、貴僧《あなた》孝助は大事な身の上、殊《こと》に大事を抱えて居りまする故、どうか一つあなたお助け下さいませんか」
良「お助け申すと云っても、これは
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