あら若旦那様お帰り遊ばしませ、御機嫌様よろしゅう、貴方《あなた》がお立ちになってからというものは、毎日お噂ばかり致しておりましたが、少しもお窶《やつ》れもなく、お色は少しお黒くおなり遊ばしましたが、相変らずよくまアねえ」
相「婆ア、あれを連れて来なよ」
婆「でも只今よく寝んねしていらッしゃいますから、おめんめ[#「めんめ」に傍点]が覚めてから、お笑い顔を御覧に入れる方が宜しゅうございましょう」
相「ウンそうだ、初めて逢うのに無理にめんめ[#「めんめ」に傍点]を覚《さま》さして泣顔ではいかんから、だが大概にしてこゝへ連れて抱いて来い」
娘お徳は次の間に乳児《ちのみご》を抱いて居りましたが、孝助の帰るを聞き、飛立つばかり、嬉し涙を拭いながら出て来て、
徳「旦那様御機嫌様よろしゅう、よくマアお早くお帰り遊ばしました、毎日々々貴方のお噂ばかり致しておりましたが、お窶れも有りませんでお嬉しゅう存じまする」
孝「はい、お前も達者で目出たい、私が留守中はお父様の事何かと世話に成りました、旅先の事ゆえ都度々々便りも出来ず、どうなされたかと毎日案じるのみであったが、誠に皆《みんな》の達者な顔を見るというは此の様な嬉しいことはない」
徳「私は昨晩旦那様の御出立になる処を夢に見ましたが、よく人が旅立《たびだち》の夢を見ると其の人にお目にかゝる事が出来ると申しますから、お近いうち旦那様にお目にかゝれるかと楽しんで居りましたが、今日お帰りとは思いませんでした」
相「おれも同じような夢を見たよ、婆アや抱いてお出《い》で、最《も》うおきたろう」
婆々《ばゞ》は奥より乳児《ちのみご》を抱いて参る。
相「孝助殿これを御覧、いゝ児《こ》だねえ」
孝「どちらのお子様で」
相「ナニサお前の子だアね」
孝「御冗談ばかり云っていらっしゃいます、私《わたくし》は昨年の八月旅へ出ましたもので、子供なぞはございません」
相「只《たった》一ぺんでも子供は出来ますよ、お前は娘と一つ寝をしたろう、だから只一度でも子は出来ます、只一度で子供が出来るというのは余程《よっぽど》縁の深い訳で、娘も初《はじめ》のうちはくよ/\しているから、私が懐姙をしているからそれではいかん、身体に障《さわ》るからくよ/\せんが宜しいと云っているうちに産み落したから、私が名付け親で、お前の孝の字を貰って孝太郎《こうたろう》と付けてやりましたよ、マアよく似ておる事を、御覧よ」
孝「へい誠に不思議な事で、主人平左衞門様が遺言に、其の方養子となりて、若《も》し子供が出来たなら、男女《なんにょ》に拘《かゝわ》らず其の子を以《もっ》て家督と致し家の再興を頼むと御遺言書にありましたが、事によると殿様の生れ変《がわ》りかも知れません」
相「おゝ至極左様かも知れん、娘も子供が出来てからねえ、嬉し紛れにお父様私は旦那様の事はお案じ申しまするが、此の子が出来ましてから誠によく旦那様に似ておりますから、少しは紛れて、旦那様と一つ所におるように思われますというたから、私が又|余《あんま》り酷《ひど》く抱締めて、坊の腕でも折るといけないなんぞと、馬鹿を云っている位な事で、善藏や」
善「へい/\」
相「善藏や」
善「参っています、何《なん》でございます」
相「何だ、お前も板橋まで若旦那を送って行ったッけな」
善「へい参りました、これは若旦那様誠に御機嫌よろしゅう、あの折は実にお別れが惜しくて、泣きながら戻って参りましたが、よくマアお健かでいらっしゃいます」
孝「あの折は大きにお世話様であったのう」
相「それは兎も角も肝腎の仇《あだ》の手掛りが知れましたか」
孝「まだ仇には廻《めぐ》り逢いませんが、主人の法事をしたく一先ず江戸表へ立帰りましたが、法事を致しまして直《すぐ》に又出立致します」
相「フウ成程、明日《あす》法事に行《ゆ》くのだねえ」
孝「左ようでございます、お父様と私《わたくし》と参りまする積りでございます、それに良石和尚の智識なる事は予《かね》て聞き及んではいましたが、応験解道《おうけんげどう》窮《きわま》りなく、百年先の事を見抜くという程だと承わっておりまするが、今日和尚の云う言葉に其の方は水道端へ参るだろう、参る時は必ず待っている者があり、且《かつ》慶《よろこ》び事があると申しましたが、私の考えは、斯《か》く子供の出来た事まで良石和尚は知っておるに違い有りません」
相「はてねえ、そんな所まで見抜きましたかえ、智識なぞという者は趺跏量見智《ふかりょうけんち》で[#「趺跏量見智《ふかりょうけんち》で」は底本では「跌跏量見智《ふかりょうけんち》で」]、あの和尚は谷中の何とか云う智識の弟子と成り、禅学を打破ったと云う事を承わりおるが、えらいものだねえ、善藏や、大急ぎで水道町の花屋へ行って、おめでたいのだから、何かお頭付《かし
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