どうも助けるわけにはいかんなア、因縁じゃから何うしても遁るゝ事はない」
相「左様ならば、どうか孝助だけを御当寺《ごとうじ》へお留《と》め置きくだされ、手前《てまい》だけ帰りましょうか」
良「そんな弱い事では何うもこうもならんわえ、武士の一大事なものは剣術であろう、其の剣術の極意というものには、頭の上へ晃《きら》めくはがねがあっても、電光《いなづま》の如く斬込んで来た時は何うして之《これ》を受けるという事は知っているだろう、仏説《ぶっせつ》にも利剣《りけん》頭面《ずめん》に触《ふ》るゝ時|如何《いかん》という事があって其の時が大切の事じゃ、其の位な心得はあるだろう、仮令《たとえ》火の中でも水の中でも突切《つッき》って行《ゆ》きなさい、其の代りこれを突切れば後《あと》は誠に楽になるから、さっ/\と行きなさい、其のような事で気怯《きおく》れがするような事ではいかん、ズッ/\と突切って行くようでなければいかん、それを恐れるような事ではなりませんぞ、火に入《い》って焼けず水に入って溺《おぼ》れず、精神を極《きよ》めて進んで行きなさい」
相「さようなれば此のお重箱は置いて参りましょう」
良「いや折角だからマア持って行《ゆ》きなさい」
相「何方《どちら》へか遁路《にげみち》はございませんか」
良「そんな事を云わずズン/″\と行《ゆ》きなさい」
相「さようならば提灯《ちょうちん》を拝借して参りとうございます」
良「提灯を持たん方が却《かえっ》て宜しい」
と云われて相川は意地の悪い和尚だと呟《つぶや》きながら、挨拶もそわ/\孝助と共に幡随院の門を立出《たちい》でました。
二十
孝助は新幡随院にて主人の法事を仕舞い、其の帰り道に遁《のが》れ難き剣難あり、浅傷《あさで》か深傷《ふかで》か、運がわるければ斬り殺される程の剣難ありと、新幡随院の良石和尚という名僧智識の教えに相川新五兵衞も大いに驚き、孝助はまだ漸《ようや》く廿二歳、殊《こと》に可愛いゝ娘の養子といい、御主《おしゅう》の敵《かたき》を打つまでは大事な身の上と、種々《いろ/\》心配をしながら打ち連れ立ちて帰る。孝助は仮令《たとえ》如何《いか》なる災《わざわい》があっても、それを恐れて一歩でも退《しりぞ》くようでは大事を仕遂げる事は出来ぬと思い、刀に反《そり》を打ち、目釘《めくぎ》を湿《しめ》し、鯉口《こいぐち》を切り、用心堅固に身を固め、四方に心を配りて参り、相川は重箱を提《さ》げて、孝助殿気を付けて行《ゆ》けと云いながら参りますると、向うより薄《すゝき》だゝみを押分けて、血刀《ちがたな》を提げ飛出して、物をも云わず孝助に斬り掛けました。此の者は栗橋無宿の伴藏にて、栗橋の世帯《しょたい》を代物付《しろものつき》にて売払い、多分の金子《かね》をもって山本志丈と二人にて江戸へ立退《たちの》き、神田佐久間町《かんださくまちょう》の医師|何某《なにがし》は志丈の懇意ですから、二人はこゝに身を寄せて二三日逗留し、八月三日の夜《よ》二人は更《ふ》けるを待ちまして忍び来《きた》り、根津の清水に埋《うず》めて置いた金無垢の海音如来の尊像《そんぞう》を掘出し、伴藏は手早く懐中へ入れましたが、伴藏の思うには、我が悪事を知ったは志丈ばかり、此の儘《まゝ》に生《い》け置かば後《のち》の恐れと、伴藏は差したる刀抜くより早く飛びかゝって、出し抜けに力に任して志丈に斬り付けますれば、アッと倒れる所を乗《の》し掛り、一刀|逆手《さかて》に持直し、肋《あばら》へ突込《つきこ》みこじり廻せば、山本志丈は其の儘にウンと云って身を顫《ふる》わせて、忽《たちま》ち息は絶えましたが、此の志丈も伴藏に与《くみ》し、悪事をした天罰のがれ難く斯《かゝ》る非業を遂げました、死骸を見て伴藏は後《あと》へさがり、逃げ出さんとする所、御用と声掛け、八方より取巻かれたに、伴藏も慌《あわ》てふためき必死となり、捕方《とりかた》へ手向いなし、死物狂いに斬り廻り、漸《ようや》く一方を切抜けて薄《すゝき》だゝみへ飛込んで、往来の広い所へ飛出す出合がしら、伴藏は眼も眩《くら》み、是《こ》れも同じ捕方と思いましたゆえ、ふいに孝助に斬掛けましたが、大概の者なれば真二《まっぷた》つにもなるべき所なれども、流石《さすが》は飯島平左衞門の仕込で真影流に達した腕前、殊《こと》に用意をした事ゆえ、それと見るより孝助は一|歩《あし》退《しりぞ》きしが、抜合《ぬきあわ》す間もなき事ゆえ、刀の鍔元《つばもと》にてパチリと受流し、身を引く途端に伴藏がズルリと前へのめる所を、腕を取って逆に捻倒《ねじたお》し。
孝「やい/\曲者《くせもの》何《なん》と致す」
曲「へい真平御免《まっぴらごめん》下さえまし」
相「そら出たかえ、孝助怪我は無いか」
孝「へい怪我はござ
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