志丈の顔を見て、
國「おや/\山本志丈さん、誠に暫《しばら》く」
志「これは妙、何《ど》うも不思議、お國さんがこゝにお出《い》でとは計らざる事で、これは妙、内々《ない/\》御様子を聞けば、思うお方と一緒なら深山《みやま》の奥までと云うようなる意気事筋《いきごとすじ》で、誠に不思議、これは希代《きたい》だ、妙々々」
と云われてお國はギックリ驚いたは、志丈はお國の身の上をば精《くわ》しく知った者ゆえ、若《も》し伴藏に喋べられてはならぬと思い、
國「志丈さんちょっと御免あそばせ」
と次の間へ立ち。
國「旦那ちょっと入っしゃい」
伴「あいよ、志丈さん、ちょいと待ってお呉れよ」
志「あゝ宜しい、緩《ゆっ》くり話をして来たまえ、僕はさようなことには慣れて居るから苦しくない、お構いなく、緩くりと話をして入っしゃい」
國「旦那どう云うわけであの志丈さんを連れて来たの」
伴「あれは内に病人があったから呼んだのよ」
國「旦那あの医者の云う事をなんでも本当にしちゃアいけませんよ、あんな嘘つきの奴はありません、あいつの云う事を本当にするととんでもない間違いが出来ますよ、人の合中《あいなか》を突《つッ》つく酷《ひど》い奴ですから、今夜はあの医者を何処《どっ》かへやって、貴方《あなた》独りこゝに泊っていて下さいな、そうすれば内の人を寝かして置いて、貴方の所へ来て、いろ/\お話もしたい事がありますから宜《よ》うございますか」
伴「よし/\、それじゃア内の方をいゝ塩梅《あんべい》にして屹度《きっと》来《き》ねえよ」
國「屹度来ますから待っておいでよ」
とお國は伴藏に別れ帰り行《ゆ》く。
伴「やア志丈さん、誠にお待ちどう」
志「誠にどうも、アハヽあの女はもう四十に近いだろうが若いねえ、君もなか/\お腕前《うでめえ》だね、大方君はあの婦人を喰っているのだろうが、これからはもう君と善悪を一ツにしようと約束をした以上は、君のためにならねえ事は僕は云うよ、一体君はあの女の身の上を知って世話をするのか知らないのか」
伴「おらア知らねえが、お前《めえ》さんは心安いのか」
志「あの婦人には男が附いて居る、宮野邊源次郎と云って旗下《はたもと》の次男だが、其奴《そいつ》が悪人で、萩原新三郎さんを恋慕《こいした》った娘の親御《おやご》飯島平左衞門という旗下の奥様|附《づき》で来た女中で、奥様が亡くなった所から手がついて妾と成ったが今のお國で、源次郎と不義をはたらき、恩ある主人の飯島を斬殺《きりころ》し、有金《ありがね》二百六十両に、大小を三腰とか印籠を幾つとかを盗み取り逐電《ちくでん》した人殺しの盗賊《どろぼう》だ、すると後《あと》から忠義の家来|藤助《とうすけ》とか孝助とか云う男が、主人の敵《かたき》を討ちたいと追《おっ》かけて出たそうだ、私の思うのは、あれは君に惚れたのではなく、源次郎が可愛《かあい》いからお前の云う事を聞いたなら、亭主のためになるだろうと心得、身を任せ、相対間男《あいたいまおとこ》ではないかと僕は鑑定するが、今聞けば急に越後へ立つと云い、僕をはいて君独り寝ている処へ源次郎が踏込んでゆすり掛け、二百両位の手切れは取る目算に違《ちげ》えねえが、君は承知かえ、だから君は今夜こゝに泊っていてはいけねえから、僕と一緒に何処《どっ》かへ女郎買に行ってしまい、あいつ等《ら》二人に素股《すまた》を喰わせるとは何《ど》うだえ」
伴「むゝ成程、そうか、それじゃアそうしよう」
と連立《つれだ》ってこゝを立出《たちい》で、鶴屋という女郎屋へ上《あが》り込む。後《あと》へお國と源次郎が笹屋へ来て様子を聞けば、先刻《さっき》帰ったと云うことに二人は萎《しお》れて立帰り、
源「お國もうこうなれば仕方がないから、明日《あした》は己が関口屋へ掛合いに行《ゆ》き、若《も》し向うでしら[#「しら」に傍点]をきった其の時は」
國「私が行って喋りつけ口を明かさずたんまり[#「たんまり」に傍点]とゆすってやろう」
と其の晩は寝てしまいました。翌朝《よくちょう》になり伴藏は志丈を連れて我家《わがや》へ帰り、種々《いろ/\》昨夜《ゆうべ》の惚気《のろけ》など云っている店前《みせさき》へ、
源「お頼ん申す/\」
伴「商人《あきんど》の店先へお頼ん申すと云うのは訝《おか》しいが、誰だろう」
志「大方ゆうべ話した源次郎が来たのかも知れねえ」
伴「そんならお前《めえ》其方《そっち》へ隠れていてくれ」
志「弥々《いよ/\》難かしくなったら飛出そうか」
伴「いゝから引込《ひっこ》んでいなよ……へい/\、少々|宅《うち》に取込《とりこみ》が有りまして店を閉めて居りますが、何か御用ならば店を明けてから願いとうございます」
源「いや買物ではござらん、御亭主に少々御面談いたしたく参ったのだ、一寸《ちょっと》明けてく
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