》こういう病人を二度ほど先生の代脉《だいみゃく》で手掛けた事があるが、宿へ下げれば屹度云わないから下げべし/\」
 と云われて、伴藏は小気味が悪いけれども、山本の勧めに任せ早速に宿を呼寄せ引渡し、表へ出るやいなや正気に復《かえ》った様子なれば、伴藏も安心していると今度は番頭の文助がウンと呻《うな》って夜着をかむり、寝たかと思うと起上り、幽霊に貰った百両の金でこれだけの身代になり上り、といい出したれば、又宿を呼んで下げてしまうと、今度は小僧が呻り出したれば又宿へ下げてしまい、奉公人残らずを帰し、あとには伴藏と志丈と二人ぎりになりました。
志「伴藏さん、今度呻ればおいらの番だが、妙だったね、だが伴藏さん打明けて話をしてくんなせえ、萩原さんが幽霊に魅《みい》られ、骨と一緒に死んでいたとの評判もあり、又首に掛けた大事の守りが掏代《すりかわ》っていたと云うが、其の鑑定はどうも分らなかった、尤《もっと》も白翁堂と云う人相見の老爺《おやじ》が少しは覚《けど》って新幡随院の和尚に話すと、和尚は疾《とう》より覚《さと》っていて、盗んだ奴が土中《どちゅう》へ埋め隠してあると云ったそうだが、今日《きょう》初めて此の病人の話によれば、僕の鑑定では慥《たしか》にお前と見て取ったが、もう斯《こ》うなったらば隠さず云ってお仕舞い、そうすれば僕もお前と一つになって事を計《はから》おうじゃないか、善悪共に相談をしようから打明け給え、それから君はおかみさんが邪魔になるものだから殺して置いて、盗賊《どろぼう》が斬殺《きりころ》したというのだろう、そうでしょう/\」
 といわれて伴藏最早隠し遂《おお》せる事にもいかず、
伴「実は幽霊に頼まれたと云うのも、萩原様のあゝ云う怪しい姿で死んだというのも、いろ/\訳があって皆《みんな》私《わっち》が拵《こしら》えた事、というのは私が萩原様の肋《あばら》を蹴《けっ》て殺して置いて、こっそりと新幡随院の墓場へ忍び、新塚を掘起し、骸骨《しゃりこつ》を取出し、持帰って萩原の床の中へ並べて置き、怪しい死《しに》ざまに見せかけて白翁堂の老爺《おやじ》をば一ぺい欺込《はめこ》み、又海音如来の御守もまんまと首尾|好《よ》く盗み出し、根津の清水の花壇の中へ埋めて置き、それから己が色々と法螺《ほら》を吹いて近所の者を怖がらせ、皆あちこちへ引越《ひっこ》したを好《よ》いしおにして、己も亦《また》おみねを連れ、百両の金を掴《つか》んで此の土地へ引込《ひっこ》んで今の身の上、ところが己が他《わき》の女に掛り合った所から、嚊《かゝ》アが悋気《りんき》を起し、以前の悪事をがア/\と呶鳴《どな》り立てられ仕方なく、旨く賺《だま》して土手下へ連出して、己が手に掛け殺して置いて、追剥に殺されたと空涙で人を騙《だま》かし、弔《とむら》いをも済《すま》して仕舞った訳なんだ」
志「よく云った、誠に感服、大概の者ならそう打明けては云えぬものだに、己が殺したと速《すみやか》に云うなどは是は悪党アヽ悪党、お前にそう打明けられて見れば、私はお喋りな人間だが、こればッかりは口外はしないよ、其の代り少し好《この》みがあるが何《ど》うか叶えておくれ、と云うと何か君の身代でも当てにするようだが、そんな訳ではない」
伴「あゝ/\それはいゝとも、どんな事でも聞きやしょうから、どうか口外はして下さるな」
 と云いながら懐中より廿五両包を取出し、志丈の前に差置いて、
伴「少《すく》ねえが切餅《きりもち》をたった一ツ取って置いてくんねえ」
志「これは云わない賃かえ薬礼ではないね、宜しい心得た、何《なん》だかこう金が入ると浮気になったようだから、一|杯《ぺい》飲みながら、緩《ゆる》りと昔語《むかしがたり》がしてえのだが、こゝの家《うち》ア陰気だから、これから何処《どこ》かへ行って一杯やろうじゃアねえか」
伴「そいつは宜《よ》かろう、そんなら己《おい》らの馴染の笹屋へ行《ゆ》きやしょう」
 と打連立《うちつれだ》って家《うち》を立出《たちい》で、笹屋へ上り込み、差向いにて酒を酌交《くみかわ》し、
伴「男ばかりじゃア旨くねえから、女を呼びにやろう」
 とお國を呼寄せる。
國「おや旦那、御無沙汰を、よく入《いら》っしゃって、伺《うかゞ》いますればお内儀《かみ》さんは不慮の事がございましたと、定めて御愁傷な事で、私も旦那にちょいとお目に懸りたいと思っておりましたは、内の人の傷も漸《ようや》く治り、近々《きん/\》のうち越後へ向けて今|一度《ひとたび》行《ゆ》きたいと云っておりますから、行った日には貴方にはお目に懸ることが出来ないと思っている所へお使《つかい》で、余《あんま》り嬉しいから飛んで来たんですよ」
伴「お國お連《つれ》の方に何故御挨拶をしないのだ」
國「これはあなた御免遊ばせ」
 と云いながら
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