くあるべき事だろうと、君が萩原新三郎様の所にいる時分から、あの伴藏さんおみねさんの夫婦は、どうも機転の利《き》き方、才智の廻る所から、中々只の人ではない、今にあれはえらい人になると云っていたが、十指《じっし》の指さす処|鑑定《めがね》は違わず、実に君は大した表店《おもてだな》を張り、立派な事におなりなすったなア」
伴「いやこれは山本志丈さん、誠に思い掛けねえ所でお目にかゝりやした」
志「実は私も人には云えねえが江戸を喰い詰め、医者もしていられねえから、猫の額《ひたえ》のような家《うち》だが売って、其の金子を路用として日光辺の知己《しるべ》を頼って行《ゆ》く途中、幸手の宿屋で相宿《あいやど》の旅人《りょじん》が熱病で悩むとて療治を頼まれ、其の脉を取れば運よく全快したが、実は僕が治したんじゃアねえ、ひとりでに治ったんだが、運に叶《かな》って忽《たちま》ちにあれは名人だ名医だとの評が立ち、あっちこっちから療治を頼まれ、実はいゝ加減にやってはいるが、相応に薬礼をよこすから、足を留《と》めていたものゝ実は己ア医者は出来ねえのだ、尤《もっと》も傷寒論《しょうかんろん》の一冊位は読んだ事は有るが、一体病人は嫌《きれ》えだ、あの臭い寝床の側へ寄るのは厭《いや》だから、金さえあればツイ一杯呑む気になるようなものだから、江戸を喰い詰めて来たのだが、あの妻君《さいくん》はお達者かえ、イヤサおみねさんには久しく拝顔《はいがん》を得ないがお達者かえ」
伴「あれは」
 と口ごもりしが、
「八日あとの晩土手下で盗賊《どろぼう》に切殺されましたよ、それから漸《ようや》く引取って葬式《とむらい》を出しました」
志「ヤレハヤこれはどうも、存外な、嘸《さぞ》お愁傷《しゅうしょう》、お馴染《なじみ》だけに猶更《なおさら》お察し申します、あの方は誠に御貞節ないゝお方であったが、これが仏家《ぶっか》でいう因縁とでも申しますのか、嘸まア残念な事でありましたろう、それでは御病人はお家内ではないね」
伴「えゝ内の女ですが、なんだか熱にうかされて妙な事を云って困ります」
志「それじゃア一寸《ちょっと》診《み》て上げて、後《あと》で又いろ/\昔の話をしながら緩《ゆる》りと一杯やろうじゃアないか、知らない土地へ来て馴染の人に逢うと何だか懐かしいものだ、病人は熱なら造作《ぞうさ》もないからねえ」
伴「文助や、先生は甘い物は召上がらねえが、お茶とお菓子と持って来て置け、先生|此方《こっち》へお出《い》でなせえ、こゝが女部屋で」
志「左様か、マア暑いから羽織を脱ごうよ」
伴「おますや、お医者様が入《いら》っしゃったからよく診《み》ていたゞきな、気を確《しっ》かりしていろ、変な事をいうな」
志「どう云う御様子、どんな塩梅《あんばい》で」
 と云いながら側へ近寄ると、病人は重い掻巻《かいまき》を反《は》ね退《の》けて布団の上にちゃんと坐り志丈の顔をジッと見詰めている。
志「お前どう云う塩梅で、大方風がこうじて熱となったのだろう、悪寒《さむけ》でもするかえ」
ます「山本志丈さん、誠に久しくお目にかゝりませんでした」
志「これは妙だ、僕の名を呼んだぜ」
伴「こいつは妙な譫語ばッかり云っていますよ」
志「だって僕の名を知っているのが妙だ、フウンどういう様子だえ」
ます「私はね、此の貝殻骨から乳の所までズブ/\と伴藏さんに突かれた時の」
伴「これ/\何を詰らねえ事をいうんだ」
志「宜しいよ、心配したもうな、それから何《ど》うしたえ」
ます「貴方《あなた》の御存じの通り、私共夫婦は萩原新三郎様の奉公人同様に追い使われ、跣足《はだし》になって駈《かけ》ずり廻っていましたが、萩原様が幽霊に取付かれたものだから、幡随院の和尚から魔除の御札を裏窓へ貼付けて置いて幽霊の這入《はい》れない様にした所から、伴藏さんが幽霊に百両の金を貰って其の御札を剥《はが》し」
伴「何を云うんだなア」
志「宜しいよ、僕だから、これは妙だ/\、へい、そこで」
ます「其の金から取付いて今はこれだけの身代となり、それのみならず萩原様のお首に掛けてる金無垢の海音如来の御守を盗み出し、根津の清水の花壇に埋め、剰《あまつさ》え萩原様を蹴殺《けころ》して体《てい》よく跡を取繕《とりつくろ》い」
伴「何を、とんでもない事を云うのだ」
志「よろしいよ僕だから、妙だ/\ヘイそれから」
ます「そうしてお前、そんなあぶく銭《ぜに》で是までになったのに、お前は女狂いを始め、私を邪魔にして殺すとは余《あんま》り酷《ひど》い」
伴「どうも仕様がないの、何をいうのだ」
志「よろしいよ、妙だ、心配したもうな、これは早速宿へ下げたまえ、と云うと、宿で又こんな譫語を云うと思し召そうが、下げれば屹度《きっと》云わない、此の家《うち》に居るから云うのだ、僕も壮年の折《おり
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