はぎ》が出て己の胸《むな》ぐらを掴《つか》まえたのを、払って漸く逃げて来たが、おみねは土手下へ降りたから、悪くすると怪我をしたかも知れない、何《ど》うも案じられる、どうか皆《みんな》一緒に行って見てくれ」
というので奉公人一同大いに驚き、手に/\半棒《はんぼう》栓張棒《しんばりぼう》なぞ携《たずさ》え、伴藏を先に立て土手下へ来て見れば、無慙《むざん》やおみねは目も当てられぬように切殺されていたから、伴藏は空涙《そらなみだ》を流しながら、
伴「あゝ可愛相な事をした、今一ト足早かったら、斯《こ》んな非業な死はとらせまいものを」
と嘘を遣《つか》い、人を走《は》せて其の筋へ届け、御検屍《ごけんし》もすんで家《うち》に引取り、何事もなく村方へ野辺の送りをしてしまいましたが、伴藏が殺したと気が付くものは有りません。段々|日数《ひかず》も立って七日目の事ゆえ、伴藏は寺参りをして帰って来ると、召使のおますという三十一歳になる女中が俄《にわか》にがた/\と慄《ふる》えはじめて、ウンと呻《うな》って倒れ、何か譫言《うわこと》を云って困ると番頭がいうから、伴藏が女の寝ている所へ来て、
伴「お前《めえ》どんな塩梅《あんべい》だ」
ます「伴藏さん貝殻骨から乳の下へ掛けてズブ/\と突《つき》とおされた時の痛かったこと」
文「旦那様変な事を云いやす」
伴「おます、気を慥《たし》かにしろ、風でも引いて熱でも出たのだろうから、蒲団《ふとん》を沢山《たんと》かけて寝かしてしまえ」
と夜着《よぎ》を掛けるとおますは重い夜着や掻巻《かいまき》を一度にはね退《の》けて、蒲団の上にちょんと坐り、じいッと伴藏の顔を睨《にら》むから、
文「変な塩梅《あんべい》ですな」
伴「おます、確《しっ》かりしろ、狐にでも憑《つ》かれたのじゃアないか」
ます「伴藏さん、こんな苦しい事はありません、貝殻骨のところから乳のところまで脇差の先が出るほどまで、ズブ/\と突かれた時の苦しさは、何《なん》とも彼《か》とも云いようがありません」
と云われて伴藏も薄気味悪くなり、
伴「何を云うのだ、気でも違いはしないか」
ます「お互に斯《こ》うして八年|以来《このかた》貧乏世帯を張り、やッとの思いで今はこれ迄になったのを、お前は私を殺してお國を女房にしようとは、マア余《あんま》り酷《ひど》いじゃアないか」
伴「これは変な塩梅《あんべい》だ」
と云うものゝ、腹の内では大いに驚き、早く療治をして直したいと思う所へ、此の節幸手に江戸から来ている名人の医者があるというから、それを呼ぼうと、人を走《は》せて呼びに遣《や》りました。
十八
伴藏は女房が死んで七日目に寺参りから帰った其の晩より、下女のおますが訝《おか》しな譫言《うわこと》を云い、幽霊に頼まれて百両の金を貰い、是迄の身代に取付いたの、萩原新三郎様を殺したの、海音如来のお守を盗み出し、根津の清水の花壇の中へ埋《うず》めたなどゝ喋《しゃべ》り立てるに、奉公人たちは何《なん》だか様子の分らぬ事ゆえ、只《たゞ》馬鹿な譫語《うわこと》をいうと思っておりましたが、伴藏の腹の中では、女房のおみねが己に取り付く事の出来ない所から、此の女に取付《とッつ》いて己の悪事を喋らせて、お上《かみ》の耳に聞えさせ、おれを召捕《めしと》り、お仕置《しおき》にさせて怨《うら》みをはらす了簡に違いなし、あの下女さえいなければ斯様《かよう》な事もあるまいから、いっそ宿元《やどもと》へ下げて仕舞おうか、いや/\待てよ、宿へ下げ、あの通りに喋られては大変だ、コリャうっかりした事は出来ないと思案にくれている処へ、先程幸手へ使《つかい》に遣《や》りました下男の仲助《なかすけ》が、医者同道で帰って来て、
男「旦那只今|帰《けえ》りやした、江戸からお出《い》でなすったお上手なお医者様だそうだがやっと願いやして御一緒に来てもらいやした」
伴「これは/\御苦労さま、手前方は斯《こ》う云う商売柄店も散らかっておりますから、先《ま》ず此方《こちら》へお通り下さいまし」
と奥の間へ案内をして上座《かみざ》に請《しょう》じ、伴藏は慇懃《いんぎん》に両手をつかえ、
伴「初めましてお目通りを致します、私《わたくし》は関口屋伴藏と申します者、今日《こんにち》は早速の御入《おいり》で誠に御苦労様に存じまする」
医「はい/\初めまして、何か急病人の御様子、ハヽアお熱で、変な譫語《うわこと》などを云うと」
と言いながら不図《ふと》伴藏を見て、
「おや、これは誠に暫《しば》らく、これはどうも誠にどうも、どうなすって伴藏さん、先《ま》ず一別以来相変らず御機嫌宜しく、どうもマア図《はか》らざるところでお目に懸りました、これは君の御新宅《ごしんたく》かえ、恐入ったねえ、併《しか》し君は斯《か》
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