だろう」
みね「来やしないよ、それじゃアお前こうおしな、向《むこう》の女も亭主があるのにお前に姦通《くッつ》くくらいだから、惚れているに違いないが、亭主が有っちゃア危険《けんのん》だから、貰い切って妾にしてお前の側へお置きよ、そうして私は別になって、私は関口屋の出店《でみせ》でございますと云って、別に家業をやって見たいから、お前はお國さんと二人で一緒に成ってお稼ぎよ」
伴「気障《きざ》な事を云わねえがいゝ、別れるも何もねえじゃアねえか、あの女だって双刀《りゃんこ》の妾、主《ぬし》があるものだから、そう何時《いつ》までも係り合っている気はねえのだが、ありゃア酔った紛《まぎ》れにツイ摘食《つまみぐ》いをしたので、己がわるかったから堪忍してくれろ、もう二度と彼処《あすこ》へ往《ゆ》きさえしなければ宜《い》いだろう」
みね「行っておやりよ、あの女は亭主があってそんな事をする位だから、お前に惚れているんだからお出《い》でよ」
伴「そんな気障な事ばかり云って仕様がねえな………」
みね「いゝから私《わたし》ゃア別になりましょうよ」
 と、くど/\云われて伴藏はグッと癪《しゃく》にさわり、
伴「なッてえ/\、これ四|間《けん》間口の表店《おもてだな》を張っている荒物屋の旦那だア、一人二人の色が有ったってなんでえ、男の働きで当前《あたりめえ》だ、若《わけ》えもんじゃあるめえし、嫉妬《やきもち》を焼くなえ」
みね「それは誠に済みません、悪い事を申しました、四間間口の表店を張った旦那様だから、妾狂いをするのは当前《あたりまえ》だと、大層もない事をお云いでないよ、今では旦那だと云って威張っているが、去年まではお前は何《なん》だい、萩原様の奉公人同様に追い使われ小さな孫店《まごだな》を借《かり》ていて、萩原様から時々|小遣《こづかい》を戴いたり、単物《ひとえもの》の古いのを戴いたりして何《ど》うやら斯《こ》うやらやっていたんじゃアないか、今斯うなったからと云ってそれを忘れて済むかえ」
伴「そんな大きな声で云わなくってもいゝじゃアねえか、店の者に聞えるといけねえやナ」
みね「云ったっていゝよ、四間間口の表店を張っている荒物屋の旦那だから、妾狂いが当前だなんぞと云って、先《せん》のことを忘れたかい」
伴「喧《やかま》しいやい、出て行きやアがれ」
みね「はい、出て行きますとも、出て行きますからお金を百両私におくれ、これだけの身代になったのは誰のお蔭《かげ》だ、お互にこゝまでやったのじゃアないか」
伴「恵比須講の商いみたように大した事をいうな、静かにしろ」
みね「云ったっていゝよ、本当にこれまで互に跣足《はだし》になって一生懸命に働いて、萩原様の所にいる時も、私は煮焚《にたき》掃除や針仕事をし、お前は使《つかい》はやまをして駈《かけ》ずりまわり、何うやら斯うやらやっていたが、旨い酒も飲めないというから、私が内職をして、偶《たま》には買って飲ませたりなんどして、八年|以来《このかた》お前のためには大層苦労をしているんだア、それを何《なん》だえ、荒物屋の旦那だとえ、御大層らしい、私ゃア今こう成ったッても、昔の事を忘れない為に、今でもこうやって木綿物を着て夜延《よなべ》をしている位なんだ、それにまだ一昨年《おとゝし》の暮だっけ、お前が鮭《しゃけ》のせんばいでお酒を飲みてえものだというから……」
伴「静《しずか》にしろ、外聞《げえぶん》がわりいや、奉公人に聞えてもいけねえ」
みね「いゝよ私ゃア云うよ、云いますよ、それから貧乏世帯を張っていた事だから、私も一生懸命に三晩《みばん》寝ないで夜延をして、お酒を三合買って、鮭のせんばいで飲ませてやった時お前は嬉しがって、其の時何と云ったい、持つべきものは女房だと云って喜んだ事を忘れたかい」
伴「大きな声をするな、それだから己はもう彼処《あすこ》へ行かないというに」
みね「大きな声をしたっていゝよ、お前はお國さんの処《ところ》へお出《い》でよ、行ってもいゝよ、お前の方で余《あんま》り大きな事を云うじゃアないか」
 と尚々《なお/\》大きな声を出すから、伴藏は
「オヤこの阿魔」
 といいながら拳《こぶし》を上げて頭を打《う》つ、打たれておみねは哮《たけ》り立ち、泣声を振り立て、
みね「何を打《ぶ》ちやアがるんだ、さア百両の金をおくれ、私ゃア出て参りましょう、お前は此の栗橋から出た人だから身寄もあるだろうが、私は江戸生れで、斯《こ》んな所へ引張《ひっぱ》られて来て、身寄|親戚《たより》がないと思っていゝ気に成って、私が年を取ったもんだから女狂いなんぞはじめ、今になって見放されては喰方《くいかた》に困るから、これだけ金をおくれ、出て往《い》きますから」
伴「出て往《ゆ》くなら出て往くがいゝが、何も貴様に百両の金を遣《や》るという因縁が
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