たゞが、そうけえ旦那どんが云ったけえ、おれ困ったなア」
みね「旦那は私に云って仕舞ったよ、お前と時々一緒に行くんだろう」
久「あの阿魔女《あまっちょ》は屋敷者だとよ、亭主は源次郎さんとか云って、足へ疵《きず》が出来て立つ事が出来ねえで、土手下へ世帯《しょたい》を持っていて、女房は笹屋へ働き女をしていて、亭主を過《すご》しているのを、旦那が聞いて気の毒に思い、可愛相にと思って、一番始め金え三分くれて、二度目の時二両|後《あと》から三両それから五両、一ぺんに二十両やった事もあった、ありゃお國さんとか云って廿七だとか云うが、お前《めえ》さんなんぞより余程《よっぽど》綺《き》…ナニお前《まえ》さまとは違《ちげ》え、屋敷もんだから不意気《ぶいき》だが、なか/\美《い》い女だよ」
みね「何かえ、あれは旦那が遊びはじめたのは何時《いつ》だッけねえ、ゆうべ聞いたがちょいと忘れて仕舞った、お前知っているかえ」
久「四月の二日からかねえ」
みね「呆れるよ本当にマア四月から今まで私に打明けて話しもしないで、呆れかえった人だ、どんなに私が鎌を掛けて宅《うち》の人に聞いても何《なん》だの彼《か》だのとしらばっくれていて、ありがたいわ、それですっかり分った」
久「それじゃア旦那は云わねえのかえ」
みね「当前《あたりまえ》サ、旦那が私に改まってそんな馬鹿な事をいう奴があるものかね」
久「アレヘエそれじゃアおらが困るべいじゃアねえか、旦那どんが己《お》れにわれえ喋《しゃべ》るなよと云うたに、困ったなア」
みね「ナニお前の名前は出さないから心配おしでないよ」
久「それじゃア私《わし》の名前《なめえ》を出しちゃアいかねえよ、大きに有難うござりました」
 と久藏は立帰る。おみねは込上《こみあが》る悋気《りんき》を押え、夜延《よなべ》をして伴藏の帰りを待っていますと、
伴「文助《ぶんすけ》や明けてくれ」
文「お帰り遊ばせ」
伴「店の者も早く寝てしまいな、奥ももう寝たかえ」
 といいながら奥へ通る。
伴「おみね、まだ寝ずか、もう夜なべはよしねえ、身体の毒だ、大概にして置きな、今夜は一杯飲んで、そうして寝よう、何か肴《さかな》は有合《ありあい》でいゝや」
みね「何もないわ」
伴「かくや[#「かくや」に傍点]でもこしらえて来てくんな」
みね「およしよ、お酒を宅《うち》で飲んだって旨くもない、肴はなし、酌をする者は私のようなお婆さんだから、どうせ気に入る気遣《きづか》いはない、それよりは笹屋へ行ってお上《あが》りよ」
伴「そりゃア笹屋は料理屋だから何《な》んでもあるが、寝酒《ねざけ》を飲むんだから一寸《ちょいと》海苔《のり》でも焼いて持って来ねえな」
みね「肴はそれでも宜《い》いとした所が、お酌が気に入らないだろうから、笹屋へ行ってお國さんにお酌をしてお貰いよ」
伴「気障《きざ》なことを云うな、お國が何《ど》うしたんだ」
みね「おまえは何故そう隠すんだえ、隠さなくってもいゝじゃアないかえ、私が十九《つゞ》や廿《はたち》の事ならばお前の隠すも無理ではないが、こうやってお互いにとる年だから、隠しだてをされては私が誠に心持が悪いからお云いな」
伴「何をよう」
みね「お國さんの事をサ、美《い》い女だとね、年は廿七だそうだが、ちょっと見ると廿二三にしか見えない位な美い娘《こ》で、私も惚々《ほれ/″\》するくらいだから、ありゃア惚れてもいゝよ」
伴「何《なん》だかさっぱり分らねえ、今日昼間馬方の久藏が来《き》やアしなかったか」
みね「いゝえ来やアしないよ」
伴「おれも此の節は拠《よんどこ》ろない用で時々|宅《うち》を明けるものだから、お前《めえ》がそう疑ぐるのも尤《もっと》もだが、そんな事を云わないでもいゝじゃアねえか」
みね「そりゃア男の働きだから何をしたっていゝが、お前のためだから云うのだよ、彼《あ》の女の亭主は双刀《りゃんこ》さんで、其の亭主の為にあゝやっているんだそうだから、亭主に知れると大変だから、私も案じられらアね、お前は四月の二日から彼の女に係《かゝ》り[#「係《かゝ》り」は底本では「係《かゝり》り」]合っていながら、これッぱかりも私に云わないのは酷《ひど》いよ、そいっておしまいなねえ」
伴「そう知っていちゃア本当に困るなア、あれは己が悪かった、面目ねえ、堪忍してくれ、おれだってお前《めえ》に何か序《つい》でがあったら云おうと思っていたが、改まってさてこういう色が出来たとも云いにくいものだから、つい黙っていた、おれも随分道楽をした人間だから、そう欺《だま》されて金を奪《と》られるような心配はねえ大丈夫だ」
みね「そうサ初めての時三分やって、其の次に二両、それから三両と五両二度にやって、二十両一ぺんにやった事があったねえ」
伴「いろんな事を知っていやアがる、昼間久藏が来たん
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