済んでください」
孝「至極|御尤《ごもっと》もなる仰せです、家内だけなれば違背《いはい》はございません」
相「御承知くだすったか、千万|忝《かたじ》けない、あゝ有難い、相川は貧乏なれども婚礼の入費の備えとして五六十両は掛ると見込んで、別にして置いたが、これはお前の餞別に上げるから持って行っておくれ」
孝「金子は主人から貰いましたのが百両ございますから、もう入りません」
相「アレサいくら有っても宜《よ》いのは金、殊に長旅のことなれば、邪魔でもあろうがそう云わずに持って行ってください、そこで私が細《こまか》い金を選《よ》って、襦袢《じゅばん》の中へ縫い込んで置く積りだから、肌身離さず身に著《つ》けて置きなさい、道中には胡麻の灰という奴があるから随分気をお付けなさい、それに此の矢立をさしてお出《い》で、又これなる一刀は予《か》ねて約束して置いた藤四郎吉光の太刀《たち》、重くもあろうが差してお呉れ、是と御主人のお形見天正助定を差して行《ゆ》けば、舅と主人がお前の後影《うしろかげ》に付添っているも同様、勇ましき働きをなさいまし」
孝「有りがとうございます」
相「何《ど》うか今夜|不束《ふつゝか》な娘だが婚礼をしてくだされ、これ婆、明日《あした》は孝助殿が目出度《めでた》く御出立だ、そこで目出度い序《つい》でに今夜婚礼をする積りだから、徳に髪でも取り上げさせ、お化粧でもさせて置いてくれ、其の前に仕事がある、此の金を襦袢へ縫込んでくれ、善藏や、手前は直《すぐ》に水道町の花屋へ行って、目出度く何か頭付《かしらつ》きの魚を三枚ばかり取って来い、序でに酒屋へ行って酒を二升、味淋《みりん》を一升ばかり、それから帰りに半紙を十|帖《じょう》ばかりに、煙草を二玉に、草鞋《わらじ》の良いのを取って参れ」
 といい付け、そうこうするうちに支度も整いましたから、酒肴《さけさかな》を座敷に取並べ、媒妁《なこうど》なり親なり兼帯《けんたい》にて、相川が四海浪静かにと謡《うた》い、三々九度の盃事《さかずきごと》、祝言の礼も果て、先《ま》ずお開きと云う事になる。
相「あゝ/\婆ア、誠に目出度かった」
婆「誠にお目出とう存じます、私《わたくし》はお嬢様のお少《ちい》さい時分からお附き申して御婚礼をなさるまで御奉公いたしましたかと存じますと、誠に嬉しゅうございます、あなた嘸《さぞ》御安心でございましょう」
相「婆ア宜《いゝ》かえ、頼むよ、おいらは明日《あした》の朝早く起るから、お前飯を炊かして、孝助殿に尾頭付きでぽッぽッと湯気の立つ飯を食べさして立たせてやりたいから、いゝかえ、緩《ゆる》りとお休み、先ずお開《ひらき》と致しましょう、孝助殿どうか幾久しく願います、娘はまだ年もいかず、世間知らずの不束者だから何分宜しくお頼み申す、氷人《なこうど》は宵の中《うち》だから、婆アいゝかえ、頼んだぜ」
婆「貴方《あなた》は頼む/\と仰しゃって何でございます」
相「分らない婆アだな、嬢の事をサ、あすこへちょっと屏風を立廻《たてまわ》して、恥かしくないように、宜しいか、それがサ誠に彼女《あいつ》が恥かしがって、もじ/\としているだろうから旨くソレ」
婆「旦那様なんのお手付きでございますよ」
相「此奴《こいつ》わからぬ奴だナ、手前だって亭主を持ったから子供が出来たのだろう、子供が出来たのち乳が出て、乳母に出たのだろう、ホレ娘は年がいかないからいゝ塩梅《あんばい》にホレ、いゝか」
婆「貴方は本当に何時《いつ》までもお嬢様をお少《ちい》さいように思召《おぼしめし》ていらっしゃいますよ、大丈夫でございますよ」
相「成程目出たい、宜《い》いかえ頼むよ」
婆「旦那様、お嬢様お休み遊ばせ」
 と云っても、孝助はお國源次郎の跡を追い掛け、兎《と》や斯《こ》うと種々《いろ/\》心配などして腕こまねき、床の上に坐り込んでいるから、お徳も寝るわけにもいかず坐っているから、
婆「左様なれば旦那様御機嫌様宜しく、お嬢様先程申しました事は宜しゅうございますか」
徳「貴方少しお静まり遊ばせな」
孝「私は少し考え事がありますから、あなたお構いなくお先へお休みなすって下さいまし」
徳「婆《ばあ》やア一寸《ちょっと》来ておくれ」
婆「ハイ、何《なん》でございます」
徳「旦那様がお休みなさらなくって」
 と云いさして口ごもる。
婆「貴方お静まりあそばせ、それではお嬢様がお休みなさる事が出来ませんよ」
孝「只今寝ます、どうかお構いなく」
婆「誠にどうもお堅過《かたすぎ》でお気が詰りましょう、御機嫌様よろしゅう」
徳「あなた少しお横におなり遊ばしまし」
孝「どうかお先へお休みなさい」
徳「婆やア」
婆「困りますねえ、あなた少しお休みあそばせ」
徳「婆やア」
 とのべつに呼んでいるから孝助も気の毒に思い、横になって枕をつけ、玉椿
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