うな声を出して、
源「狼藉ものが這入りました/\」
と騒ぎ立てるに、隣家《となり》の宮野邊源之進はこれを聞附《きゝつ》け思う様《よう》、飯島のごとき手者《てしゃ》の処《ところ》へ押入る狼藉ものだから、大勢《たいぜい》徒党《ととう》したに相違ないから、成るたけ遅くなって、夜が明けて往《ゆ》く方がいゝと思い先《ま》ず一同を呼起《よびおこ》し、蔵へまいって著込《きごみ》を持ってまいれの、小手《こて》脛当《すねあて》の用意のと云っているうちに、夜《よ》はほの/″\と明け渡りたれば、もう狼藉者はいる気遣《きづかい》はなかろうと、源之進は家来一二|人《にん》を召連れ来て見れば此の始末。如何《いかゞ》したる事ならんと思うところへ、一人《ひとり》の女中が下流しから這上《はいあが》り、源之進の前に両手をつかえ、
「実は昨晩の狼藉者は、貴方様の御舎弟《おしゃてい》源次郎様とお國さんと、疾《と》うから密通してお出《い》でになって、昨夜殿様を殺し、金子衣類を窃取《ぬすみと》り、何処《いずく》ともなく逃げました」
と聞いて源之進は大いに驚き、早速に邸《やしき》へ立帰り、急ぎお頭《かしら》へ向け源次郎が出奔《しゅっぽん》の趣《おもむき》の届《とゞけ》を出す。飯島の方へはお目附が御検屍《ごけんし》に到来して、段々死骸を検《あらた》め見るに、脇腹に槍の突傷《つきゝず》がありましたから、源次郎如き鈍き腕前にては兎《と》ても飯島を討つ事は叶《かな》うまじ、されば必ず飯島の寝室《ねま》に忍び入り、熟睡の油断に附入《つけい》りて槍を以《もっ》て欺《だま》し討ちにした其の後《のち》に、刀を以て斬殺《きりころ》したに相違なしということで、源次郎はお尋ね者となりましたけれども、飯島の家《いえ》は改易《かいえき》と決り、飯島の死骸は谷中新幡随院へおくり、こっそりと野辺送りをしてしまいました。こちらは孝助、御主人が私《わたくし》の為《た》めに一命をお捨てなされた事なるかと思えば、いとゞ気もふさぎ、欝々としていますと、相川はお頭から帰って、
相「婆アや、少し孝助殿と相談があるから此方《こちら》へ来てはいかんよ、首などを出すな」
婆「何か御用で」
相「用じゃないのだよ、そっちへ引込《ひっこ》んでいろ、これ/\茶を入れて来い、それから仏様へ線香を上げな、さて孝助殿少し話したい事もあるから、まア/\此方《こっち》へ/\、誰にもいわれんが、先以《まずもっ》て御主人様のお遺書《かきおき》通りに成るから心配するには及ばん、お前は親の敵《かたき》は討ったから、是からは御主人は御主人として、其の敵を復《かえ》し、飯島のお家再興だよ」
孝「仰せに及ばず、もとより敵討の覚悟でございます、此の後《のち》万事に付き宜《よろ》しくお心添《こゝろぞえ》の程を願います」
相「此の相川は年老いたれども、其の事は命に掛けて飯島様の御家《おいえ》の立つように計らいます、そこでお前は何日《いつ》敵討に出立《しゅったつ》なさるえ」
孝「最早一刻も猶予致す時でございませんゆえ、明《みょう》早天《そうてん》出立致す了簡です」
相「明日《あした》直《す》ぐに、左様かえ、余り早《は》や過ぎるじゃないか、宜しい此の事ばかりは留《と》められない、もう一日々々と引き広ぐ事は出来ないが、お前の出立|前《ぜん》に私《わし》が折入《おりい》って頼みたい事があるが、どうか叶《かな》えては下さるまいか」
孝「何《ど》のような事でも宜しゅうございます」
相「お前の出立前に娘お徳と婚礼の盃だけをして下さい、外《ほか》に望みは何もない、どうか聞済《きゝす》んで下さい」
孝「一旦お約束申した事ゆえ、婚礼を致しまして宜しいようなれど、主人よりのお約束申したは来年の二月、殊《こと》に目の前にて主人があの通りになられましたのに、只今婚礼を致しましては主人の位牌へ対して済みません、敵討の本懐を遂《と》げ立帰り、目出度《めでた》く婚礼を致しますれば、どうぞそれ迄お待ち下さるように願います」
相「それはお前の事だから、遠からず本懐を遂げて御帰宅になるだろうが、敵の行方《ゆくえ》が知れない時は、五年で帰るか十年でお帰りになるか、幾年掛るか知れず、それに私はもう取る年、明日《あす》をも知れぬ身の上なれば、此の悦びを見ぬ内帰らぬ旅に赴《おもむ》く事があっては冥途《よみじ》の障《さわ》り、殊に娘も煩う程お前を思っていたのだから、どうか家内だけで、盃事《さかずきごと》を済ませて置いて、安心させてくださいな、それにお前も飯島の家来では真鍮巻の木刀を差して行《ゆ》かなければならん、それより相川の養子となり、其の筋へ養子の届をして、一人前《ひとりまえ》の立派な侍に出立《いでた》って往来すれば、途中で人足などに馬鹿にもされず宜《よ》かろうから、何《ど》うぞ家内だけの祝言を聞
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