掛け、行灯《あんどん》の明り掻き立て読下《よみくだ》して相川も、ハッとばかりに溜息《ためいき》をついて驚きました。

        十四

 伴藏は畑へ転がりましたが、両人の姿が見えなくなりましたから、慄《ふる》えながらよう/\起上り、泥だらけの儘《まゝ》家《うち》へ駈け戻り、
伴「おみねや、出なよ」
みね「あいよ、どうしたえ、まア私は熱かったこと、膏汗《あぶらあせ》がビッショリ流れる程出たが、我慢をして居たよ」
伴「手前《てめえ》は熱い汗をかいたろうが、己《おら》ア冷《つめ》てえ汗をかいた、幽霊が裏窓から這入《はい》って行ったから、萩原様は取殺《とりころ》されて仕舞うだろうか」
みね「私の考えじゃア殺すめえと思うよ、あれは悔しくって出る幽霊ではなく、恋しい/\と思っていたのに、お札が有って這入れなかったのだから、是が生きている人間ならば、お前さんは余《あんま》りな人だとか何《なん》とか云って口説《くぜつ》でも云う所だから殺す気遣《きづかい》はあるまいよ、どんな事をしているか、お前見ておいでよ」
伴「馬鹿をいうな」
みね「表から廻ってそっと見ておいでヨウ/\」
 といわれるから、伴藏は抜足《ぬきあし》して萩原の裏手へ廻り、暫《しば》らくして立帰《たちかえ》り、
みね「大層長かったね、どうしたえ」
伴「おみね、成程|手前《てめえ》の云う通り、何だかゴチャ/\話し声がするようだから覗《のぞ》いて見ると、蚊帳《かや》が吊って有って何だか分らないから、裏手の方へ廻るうちに、話し声がパッタリとやんだようだから、大方仲直りが有って幽霊と寝たのかも知れねえ」
みね「いやだよ、詰らない事をお云いでない」
 という中《うち》に夜《よ》もしら/\と明け離れましたから、
伴「おみね、夜が明けたから萩原様の所へ一緒に往って見よう」
みね「いやだよ私《わたし》ゃ夜が明けても怖くっていやだよ」
 というのを、
伴「マア往きねえよ」
 と打連《うちつ》れだち。
伴「おみねや、戸を明けねえ」
みね「いやだよ、何だか怖いもの」
伴「そんな事を云ったって、手前《てめえ》が毎朝戸を明けるじゃアねえか、ちょっと明けねえな」
みね「戸の間から手を入れてグッと押すと、栓張棒《しんばりぼう》が落ちるから、お前お明けよ」
伴「手前《てめえ》そんな事を云ったって、毎朝来て御膳を炊いたりするじゃアねえか、それじゃア手前手を入れて栓張だけ外すがいゝ」
みね「私ゃいやだよ」
伴「それじゃアいゝや」
 と云いながら栓張を外し、戸を引き開けながら、
伴「御免ねえ、旦那え/\夜が明けやしたよ、明るくなりやしたよ、旦那え、おみねや、音も沙汰もねえぜ」
みね「それだからいやだよ」
伴「手前《てめえ》先へ入《へい》れ、手前はこゝの内の勝手をよく知っているじゃアねえか」
みね「怖い時は勝手も何もないよ」
伴「旦那え/\、御免なせえ、夜が明けたのに何怖いことがあるものか、日の恐れがあるものを、なんで幽霊がいるものか、だがおみね世の中に何が怖いッて此の位怖いものア無《ね》えなア」
みね「あゝ、いやだ」
 伴藏は呟《つぶや》きながら中仕切《なかじきり》の障子を明けると、真暗《まっくら》で、
伴「旦那え/\、よく寝ていらッしゃる、まだ生体《しょうてえ》なく能《よ》く寝ていらッしゃるから大丈夫だ」
みね「そうかえ、旦那、夜が明けましたから焚《た》きつけましょう」
伴「御免なせえ、私《わっち》が戸を明けやすよ、旦那え/\」
 と云いながら床の内を差覗《さしのぞ》き、伴藏はキャッと声を上げ、
「おみねや、己《おら》アもう此の位《くれえ》な怖いもなア見た事はねえ」
 とおみねは聞くよりアッと声をあげる。
伴「おゝ手前《てめえ》の声でなお怖くなった」
みね「何《ど》うなっているのだよ」
伴「何うなったの斯《こ》うなったのと、実に何《なん》とも彼《か》とも云いようのねえ怖《こえ》えことだが、これを手前《てめえ》とおれと見たばかりじゃア掛合《かゝりえい》にでもなっちゃア大変《てえへん》だから、白翁堂の爺さんを連れて来て立合《たちえい》をさせよう」
 と白翁堂の宅へ参り、
伴「先生/\伴藏でごぜえやす、ちょっとお明けなすって」
白「そんなに叩かなくってもいゝ、寝ちゃアいねえんだ、疾《と》うに眼が覚めている、そんなに叩くと戸が毀《こわ》れらア、どれ/\待っていろ、あゝ痛《い》たゝゝゝ戸を明けたのに己の頭をなぐる奴があるものか」
伴「急いだものだから、つい、御免なせえ、先生ちょっと萩原様の所へ往って下せえ、何うかしましたよ、大変《てえへん》ですよ」
白「何うしたんだ」
伴「何うにも斯うにも、私《わっち》が今おみねと両人《ふたり》でいって見て驚いたんだから、お前《めえ》さん一寸《ちょっと》立合って下さい」
 と聞くより勇齋
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