も驚いて、藜《あかざ》の[#「藜《あかざ》の」は底本では「黎《あかざ》の」]杖を曳《ひ》き、ポク/\と出掛けて参り、
白「伴藏お前《めえ》先へ入んなよ」
伴「私《わっち》は怖いからいやだ」
白「じゃアおみねお前《めえ》先へ入れ」
みね「いやだよ、私だって怖いやねえ」
白「じゃアいゝ」
と云いながら中へ這入ったけれども、真暗で訳が分らない。
白「おみね、ちょっと小窓の障子を明けろ、萩原氏、どうかなすったか、お加減でも悪いかえ」
と云いながら、床の内を差覗《さしのぞ》き、白翁堂はわな/\と慄《ふる》えながら思わず後《あと》へ下《さが》りました。
十五
相川新五兵衞は眼鏡を掛け、飯島の遺書《かきおき》をば取る手おそしと読み下しまするに、孝助とは一旦|主従《しゅうじゅう》の契《ちぎ》りを結びしなれども敵《かたき》同士であったること、孝助の忠実に愛《め》で、孝心の深きに感じ、主殺《しゅうころし》の罪に落さずして彼が本懐を遂げさせんがため、態《わざ》と宮野邊源次郎と見違えさせ討たれしこと、孝助を急ぎ門外《もんそと》に出《いだ》し遣《や》り、自身に源次郎の寝室《ねま》に忍び入り、彼が刀の鬼となる覚悟、さすれば飯島の家《うち》は滅亡致すこと、彼等両人我を打って立退《たちの》く先は必定お國の親元なる越後の村上ならん、就《つ》いては汝孝助時を移さず跡追掛け、我が仇《あだ》なる両人の生首|提《ひっさ》げて立帰り、主《しゅう》の敵《かたき》を討ちたる廉《かど》を以《もっ》て我が飯島の家名再興の儀を頭《かしら》に届けくれ、其の時は相川様にもお心添えの程|偏《ひとえ》に願い度《た》いとのこと、又汝は相川へ養子に参る約束を結びたれば、娘お徳どのと互いに睦《むつ》ましく暮し、両人の間に出来た子供は男女《なんにょ》に拘《かゝ》わらず、孝助の血統《ちすじ》を以て飯島の相続人と定めくれ、後《あと》は斯々云々《こう/\しか/″\》と、実に細かに届く飯島の家来思いの切なる情《なさけ》に、孝助は相川の遺書《かきおき》を読む間《ま》、息をもつかず聞いていながら、膝の上へぽたり/\と大粒な熱い涙を零《こぼ》していましたが、突然《いきなり》剣幕《けんまく》を変えて表の方へ飛出そうとするを、
相「これ孝助殿、血相変えて何処《どこ》へ行《ゆ》きなさる」
と云われて孝助は泣声を震わせ、
孝「只今お遺書《かきおき》の御様子にては、主人は私《わたくし》を急いで出し、後《あと》で客間へ踏込んで源次郎と闘うとの事ですが、如何《いか》に源次郎が剣術を知らないでも、殿様があんな深傷《ふかで》にてお立合なされては、彼が無残の刃の下に果敢《はか》なくお成りなされるは知れた事、みす/\敵《かたき》を目の前に置きながら、恩あり義理ある御主人を彼等に酷《むご》く討たせますは実に残念でござりますから、直《すぐ》に取って返し、お助太刀を致す所存でございます」
相「分らない事を云わっしゃるな、御主人様が是だけの遺書《かきおき》をお遣《つか》わしなさるは何の為《た》めだと思わッしゃる、そんな事をしなさると、飯島の家《いえ》が潰《つぶ》れるから、邸《やしき》へ行《ゆ》く事は明朝までお待ち、此の遺書の事を心得てこれを反故《ほご》にしてはならんぜ」
と亀の甲より年の功、流石《さすが》老巧《ろうこう》の親身の意見に孝助はかえす言葉もありませんで、口惜《くやし》がり、唯《たゞ》身を震わして泣伏しました。話かわって飯島平左衞門は孝助を門外《もんそと》に出し、急ぎ血潮|滴《した》たる槍を杖とし、蟹のように成ってよう/\に縁側に這い上がり、蹌《よろ》めく足を踏みしめ踏みしめ、段々と廊下を伝い、そっと客間の障子を開《ひら》き中へ入《い》り、十二畳一杯に釣ってある蚊帳の釣手《つりて》を切り払い、彼方《あなた》へはねのけ、グウ/\とばかり高鼾《たかいびき》で前後《あとさき》も知らず眠《ね》ている源次郎の頬《ほう》の辺《あた》りを、血に染《し》みた槍の穂先にてペタリ/\と叩きながら、
飯「起《おき》ろ/\」
と云われて源次郎頬が冷《ひ》やりとしたに不図《ふと》目を覚《さま》し、と見れば飯島が元結はじけて散《ちら》し髪で、眼は血走り、顔色は土気色《つちけいろ》になり、血の滴《した》たる手槍をピタリッと付け立っている有様を見るより、源次郎は早くも推《すい》し、アヽヽこりア流石《さすが》飯島は智慧者《ちえしゃ》だけある、己と妾のお國と不義している事を覚《さと》られたか、さなくば例の悪計を孝助|奴《め》が告げ口したに相違なし、何しろ余程の腹立《はらだち》だ、飯島は真影流の奥儀《おうぎ》を極《きわ》めた剣術の名人で、旗下《はたもと》八万騎の其の中に、肩を並ぶるものなき達人の聞えある人に槍を付けられた事だから、源次
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