、飯島様が相川へ行ってやれ、ハイと主命を背《そむ》かず答《こたえ》はしたものゝ、お前の器量だから先に約束をした女でもあるのだろう、所が今度の事を其の女が知って私が先約だから是非とも女房にしてくれなければ主人に駆込んで此の事を告げるとか、何とか云い出したもんだから、お前はハッと思い、其の事が主人へ知れては相済まん、それじゃアお前を一緒に連れて遠国へ逃げようと云うのだろう、なに一人ぐらいの妾はあっても宜しい、お頭《かしら》へ一寸《ちょっと》届けて置けば仔細はない、尤《もっと》もの事だ、娘は表向の御新造《ごしんぞ》として、内々《ない/\》の処《ところ》は其の女を御新造として置いてもいゝ、私《わたくし》が取る分|米《まい》を其の女にやりますから宜しい、私《わたくし》が行って其の女に逢って頼みましょう、其の女は何者じゃ、芸者か何《な》んだ」
孝「そんな事ではございません」
相「それじゃア何んだよ、エイ何んだ」
孝「それではお話をいたしまするが、殿様は負傷《ておい》でいます」
相「ナニ負傷で、何故《なぜ》早く云わん、それじゃア狼藉者《ろうぜきもの》が忍び込み、飯島が流石《さすが》手者《てしゃ》でも多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》、切立《きりた》てられているのを、お前が一方を切抜けて知らせに来たのだろう、宜しい、手前は剣術は知らないが、若い時分に学んで槍は少々心得ておる、参ってお助太刀をいたそう」
孝「さようではございません、実は召使の國と隣の源次郎が疾《とう》から密通をして」
相「へい、やっていますか、呆れたものだ、そういえばちら/\そんな噂もあるが、恩人の思いものをそんな事をして憎い奴だ、人非人《にんぴにん》ですねえ、それから/\」
孝「先月の廿一日、殿様お泊番《とまりばん》の夜《よ》に、源次郎が密《ひそ》かにお國の許《もと》へ忍び込み、明日《みょうにち》中川にて殿様を舟から突落し殺そうとの悪計《わるだく》みを、私《わたくし》が立聞《たちぎゝ》をした所から、争いとなりましたが、此方《こちら》は悲しいかな草履取の身の上、向うは二男の勢《いきおい》なれば喧嘩は負《まけ》となったのみならず、弓の折にて打擲《ちょうちゃく》され、額に残る此の疵《きず》も其の時打たれた疵でございます」
相「不届至極な奴だ、お前なぜ其の事を直《すぐ》に御主人に云わないのだ」
孝「申そうとは思いましたが、私《わたくし》の方は聞いたばかり、証拠にならず、向うには殿様から、暇《ひま》があったら夜《よる》にでも宅《うち》へ参って釣道具の損じを直して呉れとの頼みの手紙がある事ゆえ、表沙汰にいたしますれば、主人は必ず隣へ対し、義理にも私はお暇《いとま》に成るに違いはありません、さすれば後《あと》にて二人の者が思うがまゝに殿様を殺しますから、どうあっても彼《あ》のお邸《やしき》は出られんと今日まで胸を摩《さす》って居りましたが、明日《あした》は愈々《いよ/\》中川へ釣にお出《いで》になる当日ゆえ、それとなく今日殿様に明日《あした》の漁をお止め申しましたが、お聞入れがありませんから、止むを得ず、今宵《こよい》の内に二人の者を殺し、其の場で私が切腹すれば、殿様のお命に別条はないと思い詰め、槍を提《さ》げて庭先へ忍んで様子を窺《うかゞ》いました」
相「誠に感心感服、アヽ恐れ入ったね、忠義な事だ、誠に何《ど》うも、それだから娘より私《わし》が惚れたのだ、お前の志は天晴《あっぱれ》なものだ、其の様な奴は突放《つきッぱな》しで宜《い》いよ、腹は切らんでも宜いよ、私《わたし》が何《ど》のようにもお頭に届《とゞけ》を出して置くよ、それから何うした」
孝「そういたしますると、廊下を通る寝衣姿《ねまきすがた》は慥《たしか》に源次郎と思い、繰出す槍先あやまたず、脇腹深く突き込みましたところ間違って主人を突いたのでございます」
相「ヤレハヤ、それはなんたることか、併《しか》し疵は浅かろうか」
孝「いえ、深手でございます」
相「イヤハヤどうも、なぜ源次郎と声を掛けて突かないのだ、無闇に突くからだ、困った事をやったなア、だが過《あやま》って主人を突いたので、お前が不忠者でない悪人でない事は御主人は御存じだろうから、間違いだと云う事を御主人へ話したろうね」
孝「主人は疾《と》くより得心にて、わざと源次郎の姿と見違えさせ、私《わたくし》に突かせたのでござります」
相「これはマア何ゆえそんな馬鹿な事をしたんだ」
孝「私《わたくし》には深い事は分りませんが、此のお書置に委《くわ》しい事がございますから」
 と差出す包を、
相「拝見いたしましょう、どれこれかえ、大きな包だ、前掛が入っている、ナニ婆《ばあ》やアのだ、なぜこんな所に置くのだ、そっちへ持って行《ゆ》け、コレ本の間《ま》に眼鏡があるから取ってくれ」
 と眼鏡を
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