か、これ孝助、一旦|主従《しゅうじゅう》の因縁を結びし事なれば、仇《あだ》は仇恩は恩、よいか一旦仇を討ったる後《あと》は三|世《せ》も変らぬ主従と心得てくれ、敵同士でありながら汝の奉公に参りし時から、どう云う事か其の方《ほう》が我が子のように可愛くてなア」
と云われ孝助は、おい/\と泣きながら、
孝「へい/\、これまで殿様の御丹誠を受けまして、剣術といい槍といい、なま兵法に覚えたが今日|却《かえ》って仇となり、腕が鈍くば斯《か》くまでに深くは突かぬものであったに、御勘弁なすってくださいまし」
と泣き沈む。
飯「これ早く往け、往かぬと家は潰《つぶ》れるぞ」
と急《せ》き立てられ、孝助は止むを得ず形見の一刀腰に打込み、包を片手に立上り、主人の命《めい》に随って脇差抜いて主人の元結《もとゆい》をはじき、大地へ慟《どう》と泣伏《なきふ》し、
孝「おさらばでございます」
と別れを告げてこそ/\門を出て、早足に水道端なる相川の屋敷に参り。
孝「お頼ん申します/\」
相「善藏や誰《たれ》か門を叩くようだ、御廻状《ごかいじょう》が来たのかも知らん、一寸《ちょっと》出ろ、善藏や」
善「へい/\」
相「何《なん》だ、返事ばかりしていてはいかんよ」
善「只今明けます、只今、へい真暗《まっくら》でさっぱり訳がわからない、只今々々、へい/\、どっちが出口だか忘れた」
コツリと柱で頭を打《ぶ》ッつけ、アイタアイタヽヽヽと寝惚眼《ねぼけまなこ》をこすりながら戸を開《ひら》いて表へ立出《たちい》で、
善「外の方がよっぽど明るいくらいだ、へい/\どなた様でございます」
孝「飯島の家来孝助でございますが、宜《よろ》しくお取次を願います」
善「御苦労様でございます、只今明けます」
と石の吊してある門をがッたん/\と明ける。
孝「夜中《やちゅう》上《あが》りまして、おしずまりに成った処《ところ》を御迷惑をかけました」
善「まだ殿様はおしずまりなされぬようで、まだ御本《ごほん》のお声が聞えますくらい、先《ま》ずお這入《はい》り」
と内へ入れ、善藏は奥へ参り、
善「殿様、只今飯島様の孝助様が入《いら》っしゃいました」
相「それじゃアこれへ、アレ、コリャ善藏寝惚てはいかん、これ蚊帳の釣手を取って向うの方へやって置け、これ馬鹿何を寝惚ているのだ、寝ろ/\、仕方のない奴」
と呟《つぶや》きながら玄関まで出迎え、
「これは孝助殿、さア/\お上《あが》り、今では親子の中何も遠慮はいらない、ズッと上れ」
と座敷へ通し、
相「さて孝助殿、夜中《やちゅう》のお使《つかい》定めて火急の御用だろう、承りましょう、えゝ何《ど》う云う御用か、何《なん》だ泣いているな、男が泣くくらいではよく/\な訳だろうが、どうしたんだ」
孝「夜中上り恐れ入りますが、不思議の御縁、御当家様の御所望に任せ、主人得心の上|私《わたくし》養子のお取極《とりきめ》はいたしましたが、深い仔細がございまして、どうあっても遠国へ参らんければなりませんゆえ、此の縁談は破談と遊ばして、どうか外々《ほか/\》から御養子をなされて下さいませ」
相「はいナア成程よろしい、お前が気に入らなければ仕方が無いねえ、高は少なし、娘は不束《ふつゝか》なり、舅《しゅうと》は此の通りの粗忽家《そゝッかしや》で一つとして取り所がない、だが娘がお前の忠義を見抜いて煩《わずら》うまでに思い込んだもんだから、殿様にも話し、お前の得心の上取極めた事であるのを、お前一人来て破縁をしてくれろと云ってもそれは出来ないな、殿様が来てお取極めになったのを、お前一人で破るには、何か趣意がなければ破れまい、左様じゃござらんか、どう云う訳だか次第を承わりましょう、娘が気に入らないのか、舅が悪いのか、高が不足なのか、何《な》んだ」
孝「決してそういう訳ではございません」
相「それじゃアお前は飯島様を失錯《しくじ》りでもしたか、どうも尋常《たゞ》の顔付ではない、お前は根が忠義の人だから、しくじってハッと思い、腹でも切ろうか、遠方へでも行《い》こうと云うのだろうが、そんな事をしてはいかん、しくじったなら私《わたくし》が一緒に行って詫をしてやろう、もうお前は結納まで取交《とりかわ》せをした事だから、内の者、云い付けて、孝助どのとは云わせず、孝助様と呼ばせるくらいで、云わば内の忰《せがれ》を来年の二月婚礼を致すまで、先の主人へ預けて置くのだ、少し位《ぐらい》の粗相が有ったッてしくじらせる事があるものか、と不理窟をいえばそんなものだが、マア一緒に行こう、行ってやろう」
孝「いえ、そう云う訳ではございません」
相「何だ、それじゃアどう云う訳だ」
孝「申すに申し切れない程な深い訳がございまして」
相「はゝア分った、宜しい、そう有るべき事だろう、どうもお前のような忠義もの故
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