質に置くことも出来ず、と云って宅《うち》へ置いて、幽霊が札が剥がれたから萩原様の窓から這入《へい》って、萩原様を喰殺《くいころ》すか取殺《とりころ》した跡をあらためた日にゃア、お守が身体にないものだから、誰《たれ》か盗んだに違《ちげ》えねえと詮議になると、疑《うたぐ》りのかゝるは白翁堂か己《おれ》だ、白翁堂は年寄の事で正直者だから、此方《こっち》はのっけ[#「のっけ」に傍点]に疑ぐられ、家捜《やさが》しでもされてこれが出ては大変だから何《ど》うしよう、これを羊羹箱《ようかんばこ》か何かへ入れて畑へ埋めて置き、上へ印の竹を立てゝ置けば、家捜しをされても大丈夫だ、そこで一旦身を隠して、半年か一年も立って、ほとぼりの冷めた時分|帰《けえ》って来て掘出《ほりだ》せば大丈夫知れる気遣《きづかい》はねえ」
みね「旨い事ねえ、そんなら穴を深く掘って埋めてお仕舞いよ」
 と、直《すぐ》に伴藏は羊羹箱の古いのに彼《か》の像を入れ、畑へ持出《もちだ》し土中《どちゅう》へ深く埋めて、其の上へ目標《めじるし》の竹を立置《たてお》き立帰《たちかえ》り、さアこれから百両の金の来るのを待つばかり、前祝いに一杯やろうと夫婦|差向《さしむか》いで互《たがい》に打解《うちと》け酌交《くみかわ》し、最《も》う今に八ツになる頃だからというので、女房は戸棚へ這入《はい》り、伴藏一人酒を飲んで待っているうちに、八ツの鐘が忍ヶ岡に響いて聞えますと、一|際《きわ》世間がしんと致し、水の流れも止り、草木も眠るというくらいで、壁にすだく蟋蟀《こおろぎ》の声も幽《かす》かに哀《あわれ》を催《もよ》おし、物凄く、清水の元からいつもの通り駒下駄の音高くカランコロン/\と聞えましたから、伴藏は来たなと思うと身の毛もぞっと縮まる程怖ろしく、かたまって、様子を窺《うかゞ》っていると、生垣《いけがき》の元へ見えたかと思うと、いつの間にやら縁側の所へ来て、
「伴藏さん/\」
 と云われると、伴藏は口が利けない、漸々《よう/\》の事で、
「へい/\」
 と云うと、
米「毎晩|上《あが》りまして御迷惑の事を願い、誠に恐れ入りまするが、未《ま》だ今晩も萩原様の裏窓のお札が剥《はが》れて居りませんから、どうかお剥しなすって下さいまし、お嬢様が萩原様に逢いたいと私《わたくし》をお責め遊ばし、おむずかって誠に困り切りまするから、どうぞ貴方様《あなたさま》、二人の者を不便《ふびん》に思召《おぼしめ》しお札を剥して下さいまし」
伴「剥します、へい剥しますが、百両の金を持って来て下すったか」
米「百目の金子|慥《たしか》に持参致しましたが、海音如来の御守《おまもり》をお取捨《とりすて》になりましたろうか」
伴「へい、あれは脇へ隠しました」
米「左様なれば百目の金子お受取《うけと》り下さいませ」
 とズッと差出《さしだ》すを、伴藏はよもや金ではあるまいと、手に取上《とりあ》げて見れば、ズンとした小判の目方、持った事もない百両の金を見るより伴藏は怖い事も忘れてしまい、慄《ふる》えながら庭へ下《お》り立ち、
「御一緒にお出《い》でなせえ」
 と二間梯子《にけんばしご》を持出《もちだ》し、萩原の裏窓の蔀《したみ》へ立て懸け、慄える足を踏締《ふみし》めながらよう/\登り、手を差伸ばし、お札を剥そうとしても慄えるものだから思う様《よう》に剥れませんから、力を入れて無理に剥そうと思い、グッと手を引張《ひっぱ》る拍子に、梯子がガクリと揺れるに驚き、足を踏み外《はず》し、逆《さか》とんぼうを打って畑の中へ転《ころ》げ落ち、起上《おきあが》る力もなく、お札を片手に握《つか》んだまゝ声をふるわし、唯《たゞ》南無阿弥陀仏/\と云っていると、幽霊は嬉しそうに両人顔を見合せ、
米「嬢様、今晩は萩原様にお目にかゝって、十分にお怨みを仰しゃいませ、さア入《いら》っしゃい」
 と手を引き伴藏の方を見ると、伴藏はお札を掴《つか》んで倒れて居りますものだから、袖《そで》で顔を隠しながら、裏窓からズッと中《うち》へ這入りました。

        十三

 飯島平左衞門の家《うち》では、お國が、今夜こそ予《か》ねて源次郎と諜《しめ》し合《あわ》せた一大事を立聞《たちぎ》きした邪魔者の孝助が、殿様のお手打《てうち》になるのだから、仕すましたりと思うところへ、飯島が奥から出てまいり、
飯「國、國、誠にとんだ事をした、譬《たとえ》にも七《なゝ》たび捜して人を疑ぐれという通り、紛失《ふんじつ》した百両の金子が出たよ、金の入れ所は時々取違えなければならないものだから、己《おれ》が外《ほか》へ仕舞って置いて忘れていたのだ、皆《みんな》に心配を掛けて誠に気の毒だ、出たから悦んでくれろ」
國「おやまアお目出度《めでと》うございます」
 と口には云えど、腹の内では些《
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