るい》は首をくゝって死ぬ者があるが、手前は武士の胤《たね》だという事だから、よも左様な死にようは致すまいな、手打になるまで屹度《きっと》待っていろ」
 と云われて孝助は口惜涙《くやしなみだ》の声を慄《ふる》わせ、
孝「そんな死にようは致しません、早くお手打になすって下さいまし」
源「これ孝助お詫びを願わないか」
孝「どうしても取った覚えはない」
源「殿様は荒い言葉もお掛なすった事もなかったが大枚《だいまい》の百両の金が紛失《ふんじつ》したので、金ずくだから御尤《ごもっと》もの事だ、お隣の宮野邊の御次男様にお頼み申し、お詫言《わびごと》を願っていたゞけ」
孝「隣の次男なんぞに、たとえ舌を喰って死んでも詫言なぞは頼まねえ」
源「そんなら相川様へ願え、新五兵衞様へサ」
孝「何も失錯《しくじり》の廉《かど》がないものを、何も覚えがないのだから、あとで金の盗人《ぬすみて》が知れるに違いない、天《てん》誠《まこと》を照《てら》すというから、其の時殿様が御一言でも、あゝ孝助は可愛相《かわいそう》な事をしたと云って下されば、そればっかりが私《わたくし》への好《よ》い手向《たむけ》だ、源助どん、お前にも長らく御厄介になったから、相川様へ養子に行《ゆ》くように成ったら、小遣《こづかい》でも上げようと心懸けていたのも、今となっては水の泡、どうぞ私《わたし》がない後《のち》は、お前が一人で二人前《ふたりまえ》の働きをして、殿様を大切に気を付け、忠義を尽《つく》して上げて下さい、そればかりがお願いだ、それに源助どんお前は病身だから体《からだ》を大切《だいじ》に厭《いと》って御奉公をし、丈夫でいておくれ、私は身に覚えのない盗賊《どろぼう》におとされたのが残念だ」
 と声を放って泣き伏しましたから、源助も同じく鼻をすゝり、涙を零《こぼ》して眼を擦《こす》りながら、
源「わび事を頼めよ/\」
孝「心配おしでないよ」
 と孝助はいよ/\手打になる時は、隣の次男源次郎とお國と姦通し、剰《あまつさ》え来月の四日中川で殿様を殺そうという巧《たく》みの一|伍一什《ぶしゞゅう》を委《くわ》しく殿様の前へ並べ立て、そしてお手打になろうという気でありますから、少しも憶《おく》する色もなく、平常《ふだん》の通りで居る。其の内に灯《あかり》がちら/\点《つ》く時刻と成りますと、飯島の声で、
「孝助庭先へ廻れ」
 という。此の後《あと》は何《ど》うなりますか、次囘《つぎ》までお預《あずか》り。

        十二

 伴藏の家《うち》では、幽霊と伴藏と物語をしているうち、女房おみねは戸棚に隠れ、熱さを堪《こら》えて襤褸《ぼろ》を被《かぶ》り、ビッショリ汗をかき、虫の息をころして居るうちに、お米は飯島の娘お露の手を引いて、姿は朦朧《もうろう》として掻消《かきけ》す如く見えなく成りましたから、伴藏は戸棚の戸をドン/\叩き、
伴「おみね、もう出なよ」
みね「まだ居やアしないかえ」
伴「帰《けえ》ってしまった、出ねえ/\」
みね「何《ど》うしたえ」
伴「何うにも斯《こ》うにも己《おれ》が一生懸命に掛合ったから、飲んだ酒も醒《さ》めて仕舞った、己《おら》ア全体《ぜんてい》酒さえのめば、侍《さむれえ》でもなんでも怖《おっ》かなくねえように気が強くなるのだが、幽霊が側へ来たかと思うと、頭から水を打ちかけられるように成って、すっかり酔《よい》も醒め、口もきけなくなった」
みね「私が戸棚で聞いていれば、何《なん》だかお前と幽霊と話をしている声が幽《かす》かに聞えて、本当に怖かったよ」
伴「己《おれ》は幽霊に百両の金を持って来ておくんなせえ、私《わっち》ども夫婦は萩原様のお蔭《かげ》で何《ど》うやら斯《こ》うやら暮しをつけて居ります者ですから、萩原様に万一《もしも》の事が有りましては私共《わたくしども》夫婦は暮し方に困りますから、百両のお金を下さったなら屹度《きっと》お札を剥《はが》しましょうというと、幽霊は明日《あした》の晩お金を持って来ますからお札を剥してくれろ、それに又萩原様の首に掛けていらっしゃる海音如来の御守《おまもり》があっては入る事が出来ないから、どうか工夫をして其のお守を盗み、外《ほか》へ取捨てゝ下さいと云ったは、金無垢《きんむく》で丈《たけ》は四寸二分の如来様だそうだ、己も此の間お開帳の時ちょっと見たが、あの時坊さんが何か云ってたよ、抑《そ》も何《なん》とかいったっけ、あれに違《ちげ》えねえ、何《なん》でも大変な作物《さくもの》だそうだ、あれを盗むんだが、どうだえ」
かね「どうも旨いねえ、運が向いて来たんだよ、其の如来様はどっかへ売れるだろうねえ」
伴「何《ど》うして江戸ではむずかしいから、何所《どこ》か知らない田舎へ持って行って売るのだなア、仮令《たとい》潰《つぶ》しにしても
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