、胴巻の方から文庫の中へ駆込《かけこ》むやつがあるものか、そら/″\しい、そんな優しい顔つきをして本当に怖い人だよ、恩も義理も知らない犬畜生とはお前の事だ、私が殿様にすまない」
 と孝助の膝をグッと突く。
孝「何をなさいます、私《わたくし》は覚えはございません、どんな事が有っても覚えはございません/\」
國「源助どん、お前から先へ白状おしよ」
源「孝助、己《おれ》が困る、己が智慧《ちえ》でも付けたようにお疑ぐりがかゝり、困るから早く白状しろよ」
孝「私《わたくし》ゃ覚えはない、そんな無理な事を云ってもいけないよ、外《ほか》の事と違って、大《だい》それた、家来が御主人様のお金を百両取ったなんぞと、そんな覚えはない」
源「覚えがないと計《ばか》り云っても、それじゃア胴巻の出た趣意が立たねえ、己まで御疑念がかゝり困るから、早く白状して殿様の御疑念を晴《はら》してくれろ」
 とこづかれて、孝助は泣きながら、只《たゞ》残念でございますと云っていると、お國は先夜《せんや》の意趣を晴《はら》すは此の時なり、今日こそ孝助が殿様にお手打になるか追出《おいだ》されるかと思えば、心地よく、わざと
「孝助どん云わないか」
 と云いながら力に任せて孝助の膝をつねるから、孝助は身にちっとも覚えなき事なれど、証拠があれば云い解く術《すべ》もなく、口惜涙《くやしなみだ》を流し、
孝「痛《いと》うございます、どんなに突かれても抓《つね》られても、覚えのない事は云いようがありません」
國「源助どん、お前から先へ云ってしまいな」
源「孝助云わねえか」
 と云いながらドンと突飛《つきと》ばす。
孝「何を突き飛ばすのだね」
源「いつまでも云わずにいちゃア己が迷惑する、云いなよ」
 と又突飛ばす。孝助は両方から抓ねられ突飛ばされたりして、残念で堪《たま》らない。
孝「突き飛ばしたって覚えはない、お前もあんまりだ、一つ部屋にいて己の気性も知っているじゃアないか、お庭の掃除をするにも草花一本も折らないように気を附け、釘一本落ちていても直《すぐ》に拾って来て、お前に見せるようにしているじゃアないか、己《おい》らの心も知っていながら、人を盗賊《どろぼう》と疑ぐるとは余《あんま》り酷《ひど》いじゃアないか、そんなにキャア/\いうと殿様までが私《わたくし》を疑ぐります」
 始終を聞いていた飯島は大声を上げて、
飯「黙れ孝助、主人の前も憚《はゞ》からず大声《おおごえ》を発して怪《け》しからぬ奴、覚えがなければ何《ど》うして胴巻が貴様の文庫の中《うち》に有ったか、それを申せ、何うして胴巻があった」
孝「何うして有りましたか、さっぱり存じません」
飯「只《たゞ》存ぜぬ知らんと云って済むと思うかえ、不埓《ふらち》な奴だ、己《おれ》が是程目を懸けてやるにサ、其の恩義を打忘《うちわす》れ、金子を盗むとは不届《ふとゞき》ものめ、手前ばかりではよもあるまい、外《ほか》に同類があるだろう、さア申訳《もうしわけ》が立たんければ手打にしてしまうから左様心得ろ」
 と云放《いいはな》つ。源助は驚いて、
源「どうかお手打の処《ところ》は御勘弁を願います、へい又何者にか騙《だま》されましたか知れませんから、篤《とく》と源助が取調べ御挨拶を申上げまする迄《まで》お手打の処はお日延《ひのべ》を願いとう存じます」
飯「黙れ源助、さような事を申すと手前まで疑念が懸るぞ、孝助を構い立てすると手前も手打にするから左様心得ろ」
源「これ孝助、お詫《わび》を願わないか」
孝「私《わたくし》は何もお詫をするような不埓をした事はない、殿様にお手打になるのは有難い事だ、家来が殿様のお手に掛って死ぬのは当然《あたりまえ》の事だ、御奉公に来た時から、身体は元より命まで殿様に差上げている気だから、死ぬのは元より覚悟だけれど、是まで殿様の御恩に成った其の御恩を孝助が忘れたと仰しゃった殿様のお言葉、そればかりが冥途《よみじ》の障《さわ》りだ、併《しか》し是も無実の難で致し方がない、後《あと》で其の金を盗んだ奴が出て、あゝ孝助が盗んだのではない、孝助は無実の罪であったという事が分るだろうから、今お手打に成っても構わない、さア殿様スッパリとお願い申します、お手打になさいまし」
 と摩《す》り寄ると、
飯「今は日のあるうち血を見せては穢《けが》れる恐れがあるから、夕景になったら手打にするから、部屋へ参って蟄居《ちっきょ》しておれ、これ源助、孝助を取逃《とりに》がさんように手前に預けたぞ」
源「孝助お詫を願え」
孝「お詫する事はない、お早くお手打を願います」
飯「孝助よく聞け、匹夫《ひっぷ》下郎《げろう》という者は己《おのれ》の悪い事を余所《よそ》にして、主人を怨《うら》み、酷《むご》い分らんと我《が》を張って自《みず》から舌なぞを噛み切り、或《あ
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