に、馬鹿々々しいからサ」
伴「蚊帳の中へへいんねえな」
 おみねは腹立《はらたち》まぎれにズッと蚊帳をまくって中へ入れば。
伴「そんな這入《へい》りようがあるものか、なんてえ這入《へい》りようだ、突立《つッた》って這入《へえ》ッちゃア蚊が這入《へえ》って仕ようがねえ」
みね「伴藏さん、毎晩お前の所へ来る女はあれはなんだえ」
伴「何《なん》でもいゝよ」
みね「何《なん》だかお云いなねえ」
伴「何でもいゝよ」
みね「お前はよかろうが私《わたし》ゃ詰らないよ、本当にお前の為に寝ないで齷齪《あくせく》と稼いでいる女房の前も構わず、女なんぞを引きずり込まれては、私のような者でも余《あんま》りだ、あれは斯《こ》ういう訳だと明かして云ってお呉れてもいゝじゃないか」
伴「そんな訳じゃねえよ、己《おれ》も云おう/\と思っているんだが、云うとお前《めえ》が怖がるから云わねえんだ」
みね「なんだえ怖がると、大方先の阿魔女《あまっちょ》が何《なん》かお前《まえ》に怖《こわ》もてゞ云やアがったんだろう、お前が嚊《かゝあ》があるから女房に持つ事が出来ないと云ったら、そんなら打捨《うっちゃ》って置かないとか何とかいうのだろう、理不尽《りふじん》に阿魔女《あまっちょ》が女房のいる所へどか/\入《へい》って来て話なんぞをしやアがって、もし刃物三昧《はものざんまい》でもする了簡《りょうけん》なら私はたゞは置かないよ」
伴「そんな者じゃアないよ、話をしても手前《てめえ》怖がるな、毎晩来る女は萩原様に極《ごく》惚れて通《かよ》って来るお嬢様とお附《つき》の女中だ」
みね「萩原様は萩原様の働きがあってなさる事だが、お前《まえ》はこんな貧乏世帯《びんぼうじょたい》を張っていながら、そんな浮気をして済むかえ、それじゃアお前が其のお附の女中とくッついたんだろう」
伴「そんな訳じゃないよ、実は一昨日《おとゝい》の晩おれがうと/\していると、清水の方から牡丹の花の灯籠を提《さ》げた年増《としま》が先へ立ち、お嬢様の手を引いてずっと己《おれ》の宅《うち》へ入《へえ》って来た所が、なか/\人柄のいゝお人だから、己のような者の宅へこんな人が来る筈《はず》はないがと思っていると、其の女が己の前《めえ》へ手をついて、伴藏さんとはお前《まえ》さまでございますかというから、私《わっち》が伴藏でごぜえやすと云ったら、あなたは萩原様の御家来かと聞くから、まア/\家来同様な訳でごぜえますというと、萩原様はあんまりなお方でございます、お嬢様が萩原様に恋焦《こいこが》れて、今夜いらっしゃいと慥《たしか》にお約束を遊ばしたのに、今はお嬢様をお嫌いなすって、入《い》れないようになさいますとは余《あんま》りなお方でございます、裏の小さい窓に御札が貼《は》ってあるので、どうしても這入《はい》ることが出来ませんから、お情《なさけ》に其の御札を剥《はが》してくださいましというから、明日《あした》屹度《きっと》剥して置きましょう、明晩《みょうばん》屹度お願い申しますと云ってずっと帰《けえ》った、それから昨日《きのう》は終日《いちにち》畠耘《はたけうな》いをしていたが、つい忘れていると、其の翌晩又来て、何故《なぜ》剥して下さいませんというから、違《ちげ》えねえ、ツイ忘れやした、屹度|明日《あした》の晩剥がして置きやしょうと云ってそれから今朝畠へ出た序《ついで》に萩原様の裏手へ廻って見ると、裏の小窓に小さいお経の書いてある札が貼ってあるが、何《なに》してもこんな小さい所から這入ることは人間には出来る物ではねえが、予《かね》て聞いていたお嬢様が死んで、萩原様の所へ幽霊になって逢いに来るのがこれに相違ねえ、それじゃア二晩《ふたばん》来たのは幽霊だッたかと思うと、ぞっと身の毛がよだつ程怖くなった」
みね「あゝ、いやだよ、おふざけでないよ」
伴「今夜はよもや来《き》やアしめえと思っている所へ又来たア、今夜はおれが幽霊だと知っているから怖くッて口もきけず、膏汗《あぶらあせ》を流して固まっていて、おさえつけられるように苦しかった、そうすると未《ま》だ剥してお呉《く》んなさいませんねえ、何《ど》うしても剥しておくんなさいませんと、あなたまでお怨《うら》み申しますと、恐《おっ》かねえ顔をしたから、明日《あした》は屹度剥しますと云って帰《けえ》したんだ、それだのに手前《てめえ》に兎《と》や角《こ》う嫉妬《やきもち》をやかれちゃア詰らねえよ、己《おれ》は幽霊に怨みを受ける覚えはねえが、札を剥せば萩原様が喰殺《くいころ》されるか取殺《とりころ》されるに違《ちげ》えねえから、己はこゝを越してしまおうと思うよ」
みね「嘘をおつきよ、何《なん》ぼ何《なん》でも人を馬鹿にする、そんな事があるものかね」
伴「疑《うたぐ》るなら明日《あした》の晩|手前
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