ちた提灯を持って供をして参れ」
と主従|連立《つれだ》って屋敷へお帰りに成ると、お國は二度|恟《びっく》りしたが、素知らぬ顔で此の晩は済んでしまい、翌朝《よくあさ》になると隣の源次郎が済《すま》してやってまいり、
源「伯父様お早うございます」
飯「いや、大分《だいぶ》お早いのう」
源「伯父様、昨晩大曲りで御当家の孝助と私共《わたくしども》の相助と喧嘩を致し、相助はさん/″\に打《う》たれ、ほう/\の体《てい》で逃げ帰りましたが、兄上が大層に怒り、怪《け》しからん奴だ、年甲斐もないと申して直《すぐ》に暇《いとま》を出しました、就《つ》いては喧嘩両成敗の譬《たとえ》の通り、御当家の孝助も定めてお暇になりましょう、家来の身分として私《わたくし》の遺恨《いこん》を以《もっ》て喧嘩などをするとは以ての外《ほか》の事ですから、兄の名代《みょうだい》で一寸《ちょっと》念の為《た》めにお届《とゞけ》にまいりました」
飯「それは宜《よろ》しい、昨晩《ゆうべ》のは孝助は悪くはないのだ、孝助が私の供をして提灯を持って大曲りへ掛ると、田中の龜藏、藤田の時藏お宅《うち》の相助の三人が突然《いきなり》に孝助に打ってかゝり、供前《ともまえ》を妨《さまた》ぐるのみならず、提灯を打落《うちお》とし、印物《しるしもの》を燃《もや》しましたから、憎い奴、手打にしようと思ったが、隣《となり》づからの中間《ちゅうげん》を切るでもないと我慢をしているうちに、孝助が怒《おこ》って木刀で打散《うちゝ》らしたのだから、昨夕《ゆうべ》のは孝助は少しも悪くはない、若《も》し孝助に遺恨があるならばなぜ飯島に届けん、供先《ともさき》を妨げ怪《け》しからん事だ、相助の暇に成るは当然《あたりまえ》だ、彼《あれ》は暇を出すのが宜《よろ》しい、彼奴《あいつ》を置いては宜しくありませんとお兄《あにい》さまに申し上げな、是から田中、藤田の両家へも廻文《かいぶん》を出して、時藏、龜藏も暇を出させる積りだ」
と云い放し、孝助ばかり残る事になりましたから、源次郎も当てが外《はず》れ、挨拶も出来ない位な始末で、何《なん》ともいう事が出来ず邸《やしき》へ帰りました。
十
さて彼《か》の伴藏は今年三十八歳、女房おみねは三十五歳、互《たがい》に貧乏|世帯《じょたい》を張るも萩原新三郎のお蔭《かげ》にて、或時《あるとき》は畑を耘《うな》い、庭や表のはき掃除などをし、女房おみねは萩原の宅《たく》へ参り煮焚《にたき》洒《すゝ》ぎ洗濯やお菜《かず》ごしらえお給仕などをしておりますゆえ、萩原も伴藏夫婦には孫店《まごだな》を貸しては置けど、店賃《たなちん》なしで住まわせて、折々《おり/\》は小遣《こづかい》や浴衣《ゆかた》などの古い物を遣《や》り、家来同様使っていました。伴藏は懶惰《なまけ》ものにて内職もせず、おみねは独りで内職をいたし、毎晩八ツ九ツまで夜延《よなべ》をいたしていましたが、或晩《あるばん》の事|絞《しぼ》りだらけの蚊帳《かや》を吊《つ》り、この絞りの蚊帳というは蚊帳に穴が明いているものですから、処々《ところ/″\》観世縒《かんじんより》で括《しば》ってあるので、其の蚊帳を吊り、伴藏は寝※[#「蓙」の左の「人」に代えて「口」、92−4]《ねござ》を敷き、独りで寝ていて、足をばた/\やっており、蚊帳の外では女房が頻《しき》りに夜延をしていますと、八ツの鐘がボンと聞え、世間はしんと致し、折々清水の水音が高く聞え、何《なん》となく物凄《ものすご》く、秋の夜風の草葉にあたり、陰々寂寞《いん/\せきばく》と世間が一体にしんと致しましたから、此の時は小声で話をいたしても宜《よ》く聞えるもので、蚊帳の中《うち》で伴藏が、頻りに誰《たれ》かとこそ/\話をしているに、女房は気がつき、行灯《あんどう》の下影《したかげ》から、そっと蚊帳の中《うち》を差覗《さしのぞ》くと、伴藏が起上《おきあが》り、ちゃんと坐り、両手を膝についていて、蚊帳の外には誰《だれ》か来て話をしている様子は、何《なん》だかはっきり分りませんが、何《ど》うも女の声のようだから訝《おか》しい事だと、嫉妬《やきもち》の虫がグッと胸へ込み上げたが、年若とは違い、もう三十五にもなる事ゆえ、表向《おもてむき》に悋気《りんき》もしかねるゆえ、余《あんま》りな人だと思っているうちに、女は帰った様子ゆえ何《なん》とも云わず黙っていたが、翌晩も又来てこそ/\話を致し、斯《こ》ういう事が丁度三晩の間続きましたので、女房ももう我慢が出来ません、ちと鼻が尖《とん》がらかッて来て、鼻息が荒くなりました。
伴「おみね、もう寝ねえな」
みね「あゝ馬鹿々々しいやね、八ツ九ツまで夜延をしてさ」
伴「ぐず/\いわないで早く寝ねえな」
みね「えい、人が寝ないで稼いでいるの
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