提灯は持って居ります」
相「何が無いと困るがあるかえ、何サ蝋燭《ろうそく》があるかえ、何有るとえ、そんなら宜《よろ》しい」
 孝助は暇乞《いとまごい》をして相川の邸《やしき》を立出《たちい》で、大曲りの方を通れば、前に申した三人が待伏《まちぶせ》をして居るのだが、孝助の運が強かったと見え、隆慶橋《りゅうけいばし》を渡り、軽子坂《かるこざか》から邸《やしき》へ帰って来た。
孝「只今帰りました」
 というからお國は驚いた。なんでも今頃は孝助が大曲り辺で、三人の中間《ちゅうげん》に真鍮巻《しんちゅうまき》の木刀で打《ぶ》たれて殺されたろうと思っている所へ、平常《ふだん》の通りで帰って来たから、
國「おや/\どうして帰ったえ」
孝「貴方様《あなたさま》がお居間の御用があるから帰れと仰しゃったから帰って参りました」
國「何処《どこ》から何《ど》うお帰りだ」
孝「水道端を出て隆慶橋を渡り、軽子坂を上《あが》って帰って来ました」
國「そうかえ、私《わたし》ゃ又今日は相川様でお前を引留《ひきと》めて帰る事が出来まいと思ったから、御用は済ませて仕舞ったから、お前は直《すぐ》に殿様のお迎いに行《ゆ》っておくれ、そして若《も》しお前がお迎いに行《ゆ》かない間《うち》にお帰りになるかも知れないよ、お前|外《ほか》の道を行《い》って、途中でお目に懸らないといけない、殿様は何時《いつ》でも大曲りの方をお通りになるから、あっちの方から行《ゆ》けば途中で殿様にお目に懸るかも知れない、直に行《い》っておくれ」
孝「へい、そんなら帰らなければよかった」
 と再び屋敷を立出《たちい》で、大曲りへかゝると、中間《ちゅうげん》三人は手に/\真鍮巻《しんちゅうまき》の木刀を捻《ひね》くり待ちあぐんでいたのも道理、来《こ》ようと思う方《ほう》から来ないで、後《あと》の方から花菱《はなびし》の提灯《ちょうちん》を提《さ》げて来るのを見付け、慥《たしか》に孝助と思い、相助はズッと進んで、
相「やい待て」
孝「誰だ、相助じゃねえか」
相「おゝ相助だ、貴様と喧嘩しょうと思って待っていたのだ」
孝「何をいうのだ、唐突《だしぬけ》に、貴様と喧嘩する事は何もねえ」
相「汝《おの》れ相川様へ胡麻《ごま》アすりやアがって、己《おれ》の養子になる邪魔をした、そればかりでなくおれの事を盗人《ぬすっと》根性があると云やアがったろう、どう云う訳で胡麻を摺《す》って、手前《てめえ》があのお嬢様の処《ところ》へ養子に行《ゆ》こうとする、憎《にッこ》い奴、外《ほか》の事とは違う、盗人根性があると云ったから喧嘩するから覚悟しろ」
 と争って居る横合《よこあい》から、龜藏が真鍮巻の木刀を持って、いきなり孝助の持っている提灯を叩き落す、提灯は地に落ちて燃え上る。
龜「手前《てまえ》は新参者の癖に、殿様のお気に入りを鼻に懸け、大手を振って歩きやアがる、一体《いってえ》貴様は気に入らねえ奴だ、この畜生め」
 と云いながら孝助の胸《むな》ぐらを取る。孝助は此奴等《こいつら》は徒党《ととう》したのではないかと、透《すか》して向うを見ると、溝《どぶ》の縁《ふち》に今一人|踞《しゃが》んで居るから、孝助は予《か》ねて殿様が教えて下さるには、敵手《あいて》の大勢の時は慌《あわ》てると怪我をする、寝て働くがいゝと思い、胸ぐらを取られながら、龜藏の油断を見て前袋《まえぶくろ》に手がかゝるが早いか、孝助は自分の体《からだ》を仰向《あおむ》けにして寝ながら、右の足を上げて龜藏の睾丸《きんたま》のあたりを蹴返《けかえ》せば、龜藏は逆筋斗《さかとんぼう》を打って溝《どぶ》の縁へ投げ付けられるを、左の方《ほう》から時藏相助が打ってかゝるを、孝助はヒラリと体《からだ》を引外《ひきはず》し、腰に差《さし》たる真鍮巻の木刀で相助の尻の辺《あたり》をドンと打《ぶ》つ。相助|打《ぶ》たれて気が逆上《のぼ》せ上《あが》るほど痛く、眼も眩《くら》み足もすわらず、ヒョロ/\と遁出《にげだ》し溝《どぶ》へ駆け込む。時藏も打《ぶ》たれて同じく溝へ落ちたのを見て、
孝「やい、何をしやアがるのだ、サア何奴《どいつ》でも此奴《こいつ》でも来い飯島の家来には死んだ者は一|疋《ぴき》も居ねえぞ、お印物《しるしもの》の提灯を燃やしてしまって、殿様に申訳《もうしわけ》がないぞ」
飯「まア/\もう宜《よろ》しい、心配するな」
孝「ヘイ、これは殿様どうしてこゝへ、私《わたくし》がこんなに喧嘩をしたのを御覧遊ばして、又私が失錯《しくじ》るのですかなア」
飯「相川の方《ほう》も用事が済んだから立帰《たちかえ》って来たところ、此の騒ぎ、憎い奴と思い、見ていて手前が負けそうなら己《おれ》が出て加勢をしようと思っていたが、貴様の力で追い散らして先《ま》ず宜《よ》かった、焼落《やけお》
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