るを侍は頻《しき》りにその酔狂《すいきょう》を宥《なだ》めて居《い》ると、往来の人々は
「そりゃ喧嘩だ危《あぶな》いぞ」
「なに喧嘩だとえ」
「おゝサ対手《あいて》は侍だ、それは危険《けんのん》だな」
と云うを又一人が
「なんでげすねえ」
「左様さ、刀を買うとか買わないとかの間違だそうです、彼《あ》の酔《よっ》ぱらっている侍が初め刀に価《ね》を附けたが、高くて買われないで居《い》る処《ところ》へ、此方《こちら》の若い侍が又その刀に価を附けた処から酔漢《よっぱらい》は怒《おこ》り出し、己《おれ》の買おうとしたものを己に無沙汰《ぶさた》で価を附けたとか何とかの間違いらしい」
と云えば又一人が、
「なにサ左様《そう》じゃアありませんよ、あれは犬の間違いだアね、己の家《うち》の犬に番木鼈《まちん》を喰わせたから、その代りの犬を渡せ、また番木鼈を喰わせて殺そうとかいうのですが、犬の間違いは昔からよくありますよ、白井權八《しらいごんぱち》なども矢張《やっぱり》犬の喧嘩からあんな騒動に成ったのですからねえ」
と云えば又|傍《そば》に居る人が
「ナニサそんな訳じゃアない、あの二人は叔父《おじ》甥《おい》の間柄で、あの真赤《まっか》に酔払《よっぱら》って居るのは叔父さんで、若い綺麗な人が甥だそうだ、甥が叔父に小遣銭《こづかいせん》を呉れないと云う処からの喧嘩だ」
と云えば、又側にいる人は
「ナーニあれは巾着切《きんちゃくきり》だ」
などと往来の人々は口に任せて種々《いろ/\》の評判を致している中《うち》に、一人の男が申しますは
「あの酔漢《よっぱらい》は丸山本妙寺《まるやまほんみょうじ》中屋敷に住む人で、元は小出《こいで》様の御家来であったが、身持《みもち》が悪く、酒色《しゅしょく》に耽《ふけ》り、折々《おり/\》は抜刀《すっぱぬき》などして人を威《おど》かし乱暴を働いて市中《しちゅう》を横行《おうぎょう》し、或時《あるとき》は料理屋へ上《あが》り込み、十分|酒肴《さけさかな》に腹を肥《ふと》らし勘定は本妙寺中屋敷へ取りに来いと、横柄《おうへい》に喰倒《くいたお》し飲倒《のみたお》して歩く黒川孝藏《くろかわこうぞう》という悪侍《わるざむらい》ですから、年の若い方の人は見込まれて結局《つまり》酒でも買わせられるのでしょうよ」
「左様《そう》ですか、並大抵《なみたいてい》のもの
前へ
次へ
全154ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング