私は恟りしましたよ、それが為飯島様のお家は改易になりましたから、忰の孝助が主人の敵《かたき》のお前方を討たなければ、飯島の家名を興《おこ》す事が出来ないから、敵を捜す身の上と、涙ながらの物語に、私《わたし》も十九年ぶりで実の子に逢いました嬉し紛れに、敵のお国源次郎は私の家に匿《かく》まってあるから、手引をして敵を打たせてやろうと、サうっかり云ったは私の過り、孝助は血を分けた実子なれども、一旦離縁を取ったれば黒川の家の子、此の家に再縁する上からは、今はお前は私の為に猶更《なおさら》義理ある大切《だいじ》の娘なりや、縁の切れた忰の情《なさけ》に引かされて、手引をしてお前達を討たせては、亡くなられたお前の親御樋口屋五兵衞殿の御位牌へ対して、何うも義理が立ちませんから、悪い事を云うた、何うしたら宜《よ》かろうかと道々も考えて来ましたが、孝助は後《あと》になり先になり私に附きて此の地に参り、実は今晩|九時《こゝのつどき》の鐘を合図に庭口から此家《こゝ》に忍んで来る約束、討たせては済まないから、お前達も隠さず実はこれ/\と云いさえすれば、五郎三郎から小遣《こづかい》に貰った三十両の内、少し遣《つか》って未《ま》だ二十六七両は残ってありますから、これをお前達に路銀として餞別に上げようから、少しも早く逃げのびなさい、立退《たちの》く道は宇都宮の明神様の後山《うしろやま》を越え、慈光寺《じこうじ》の門前から付いて曲り、八|幡山《わたやま》を抜けてなだれに下りると日光街道、それより鹿沼道《かぬまみち》へ一里半|行《い》けば、十|郎《ろう》ヶ|峰《みね》という所、それよりまた一里半あまり行《ゆ》けば鹿沼へ出ます、それより先は田沼道《たぬまみち》奈良村《ならむら》へ出る間道《かんどう》、人の目つまにかゝらぬ抜道《ぬけみち》、少しも早く逃げのびて、何処《いずこ》の果なりとも身を隠し、悪い事をしたと気がつきましたら、髪を剃《そ》って二人とも袈裟《けさ》と衣《ころも》に身を窶《やつ》し、殺した御主人飯島様の追善供養致したなら、命の助かる事もあろうが、只|不便《ふびん》なのは忰の孝助、敵の行方の知れぬ時は一生旅寝の艱難困苦《かんなんこんく》、御主《おしゅう》のお家も立ちません、気の毒な事と気がついたら心を入れかえ善人に成っておくれよ、さア/\早く」
と路銀まで出しまして、義理を立てぬく母の真心《
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