う》があるから、それへ曲り三四軒|行《ゆ》くと左側の板塀に三尺の開《ひら》きが付いてあるが、それから這入《はい》れば庭伝い、右の方《ほう》の四畳半の小座敷にお國源次郎が隠れいる事ゆえ、今晩私が開きの栓《せん》をあけて置くから、九ツの鐘を合図に忍び込めば、袋の中《うち》の鼠同様、覚《さと》られぬよう致すがよい」
孝「はい誠に有り難うぞんじまする、図《はか》らずも母様《はゝさま》のお蔭にて本懐を遂げ、江戸へ立帰り、主家《しゅうか》再興の上|私《わたくし》は相川の家《いえ》を相続致しますれば、お母様をお引取申して、必ず孝行を尽す心得、さすれば忠孝の道も全うする事が出来、誠に嬉しゅう存じます、さようなれば私は何方《どちら》へ参って待受けて居ましょう」
母「そうさ、池上町《いけがみまち》の角屋《すみや》は堅いという評判だから、あれへ参り宿を取っておいで、九ツの鐘を忘れまいぞ」
孝「決して忘れません、さようならば」
と孝助は母に別れて角屋へまいり、九ツの鐘の鳴るのを待受けて居ました。母は孝助に別れ、越後屋五郎三郎方へ帰りますと、五郎三郎は大きに驚き、
五「大層お早くお帰りになりました、まだめったにはお帰りにならないと思っていましたのに、存じの外《ほか》にお早うござりました、それでは迚《とて》も御見物は出来ませんでございましたろう」
母「はい、私は少し思う事があって、急に国へ帰る事になりましたから、奉公人共への土産物も取っている暇もない位で」
五「アレサなに左様御心配がいるものでございましょう、お母《っか》さまは芝居でも御見物なすってお帰りになる事だろうから、中々一ト月や二タ月は故郷《こきょう》忘《ぼう》じ難《がた》しで、あっちこっちをお廻りなさるから、急にはお帰りになるまいと存じましたに」
母「さアお前に貰った旅用の残りだから、むやみに遣《つか》っては済まないが、どうか皆《みんな》に遣《や》っておくれよ」
と奉公人|銘々《めい/\》に包んで遣わしまして、其の外《ほか》着古しの小袖|半纒《はんてん》などを取分け。
五「そんなに遣らなくっても宜《よろ》しゅうございます」
と申すに、
母「ハテこれは私の少々心あっての事で、詰らん物だが着古しの半纒は、女中にも色々世話に成りますからやっておくれ、シテお國や源次郎さんは矢張奥の四畳半に居りますか」
五「誠にあれはお母様《かゝさま》に
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